31 またまた! 記憶の世界に突撃訪問!
『ひ、ひええ! 社長がやられたッス!! ひええ!!』
コモドオオトカゲがぎゃあぎゃあと騒ぎます。
さきほどの魔王の命令は耳に届きませんでしたが、コモドオオトカゲの叫びはバッチリ聞こえたようです。
『なんだと!』『社長が!?』『だったら逃げないと!!』『そうだそうだ!!』
爬虫類たちは我先にと撤退していきます。
『お、おーい お前ら! 逃げるなッス!!』
残ったのは、コモドオオトカゲだけでした。
オロオロしていたコモドオオトカゲでしたが、部長の意地をみせることにしたようです。じりじりと後ずさりながらですが、ガルルとうなります。
『こうなったら、オレッチが相手っす! レプチレス・コーポレーション部長の力、見せてや』
「リューリュー!!」
リンちゃんが首長竜の首を滑り台のように降りてきました。
「助けに来たわよ!!」
着地場所は、コモドオオトカゲの真上でした。コモドオオトカゲの顔を思いきり踏みつけました。
『ぎゃふ! こ、この……!』
「赤野さん! 魔王はどこですか!?」
吉人君がおりてきました。
『あぐっ! の、乗るなッス! 降りるッスぅ』
「赤野っち! 加勢に来たよ!」
みつる君がおりてきました。
「劉生さん!」
咲音ちゃんもおりてきました。
「魔王さんもそうですが、コモドオオトカゲさんにも気を付けてください! あのトカゲさんはかなり強い毒を持っていますよ!」
リンちゃんはぶんぶん拳を振って、辺りを見渡します。
「それで! 魔王とトカゲはどこよ!!」
劉生君はおそるおそる足元を指さします。
「トカゲさんはそこ……」
「……あっ! 本当だ!」
みんなはビックリしてコモドオオトカゲからおりて、武器を構えます。
けれど、その心配もありません。
コモドオオトカゲはぶっ倒れ、伸びていました。
さらに、魔王も既に討伐済みです。そう伝えると、みんなは驚き、リンちゃんは悔しそうにしています。
「あたしも戦いたかった!! 二回連続で魔王と戦えてないわよ!」
「僕もみんなと戦おうと思ったんだけど、なんかすごく弱くて……」
レプチレス魔王が非常に弱いとは知っていましたが、まさか一発で倒せるとは思ってもみませんでした。あまりにも予想外過ぎて、本当に倒したのか自信がなくなってきました。
「……そうだ、橙花ちゃんは!? 橙花ちゃんは大丈夫!?」
橙花ちゃんはブラキオサウルスの頭の上に寝かせていました。李火君がお願いすると、ブラキオサウルスは頭を下げてくれました。
劉生君は、ブラキオサウルスによじ登り、橙花ちゃんの顔をのぞき込みます。
「橙花ちゃん……」
まだ目は閉じています。呪いがとけていないのでしょうか。劉生君は起きてほしいと、軽く頬に触れました。
その途端。
「わあ!?」
風景がガラリと変わりました。
目の前にいたはずの橙花ちゃんはいませんし、リンやんや吉人君含め、みんなの姿もありません。そもそも野外ではありませんでした。
どうやら和室のようです。畳に座っていたのは、青い角が生える前の橙花ちゃんと、小さな黄色いヘビです。
橙花ちゃんは背筋をぴんと伸ばして、興味深げにキョロキョロしています。
「本当に和室つくったんだんですね」
感嘆する橙花ちゃんに、レプチレスはさも当然とばかりにシューシュー言います。
『君が前に紹介したゲーム、ショウギはこのような会場を用いてプレイするのだろ? だから用意しただけだ。では早速はじめようか』
「ふふっ、準備しますね」
橙花ちゃんは将棋盤を用意して、コマを並べます。レプチレスは手伝う様子もなく、目をこらして橙花ちゃんの手元を注視しています。
魔王の視線に気づき、橙花ちゃんは顔をあげます。少し困っているようです。
「どうかしましたか」
『部下とできるように、最初の陣を覚えておこうと思ったんだ。だが、どうにも覚えにくい……。老いた頭には厳しいものだ』
橙花ちゃんは小さく笑います。
「レプチレスさんは王様たちのなかで一番年上でしたっけ。二番目は誰でしたっけ……。ザクロさん?」
『いや、ザクロ族長はもっと若い。トトリ姫の次に若いな。二番目に年をとっているのはマーマル王国のレオン国王だ。それで三番目は、』
ふすまが一気に開き、一匹の魚が入ってきました。彼は橙花ちゃんを見て、びっくりします。
『あれ、蒼?』
「あっ、ギョエイさん。どうもこんにちは」
『だから敬語なんて使わなくていいっていいって!』
「うっ……。慣れなくて……」
『どんどん慣れてくれればいいよ! うんうん!』
レプチレスはため息をつきます。
『相変わらずの子供好きだね』
『レプチレスさん、いつも言っているけど、ボクは子供好きじゃないよ。小さい子に優しくするのが大人の責務だか』
『ところで、ギョエイ皇帝は何しに来たんだい? 約束はしてなかったはずだが』
『そこらへんを散歩をしてたら、君の部下に迷子だって勘違いされてね。連れてきてもらったんだ』
ギョエイは物珍しそうに将棋盤を眺めます。
『これってなに? オセロ?』
『また別の遊戯のようだ』
『へえ……。みてていいかな?』
橙花ちゃんは笑顔で頷きます。
「わーい! 僕も僕も!」
劉生君は将棋の知識はあまりありません、ですが、橙花ちゃんもレプチレスの反応を眺めたり、ギョエイと一緒に橙花ちゃんを応援したりしていて、とても楽しい時間を過ごせました。
勝負は橙花ちゃんの敗北で終わりましたが、なかなかのいい勝負でした。ギョエイもルンルンでひれをバタバタさせます、
『すごく面白そう! ボクのとこでもやってみよ! まずはこの部屋を作ることからだね』
「いや、その必要はないと思うよ」
橙花ちゃんは苦笑しながら、将棋盤を片付けます。
『あ、ちょっと待って』
ギョエイが橙花ちゃんを制止します。
『ボク、ちょっとやってみたいから、そのまま置いといてくれないかな』
「うん、わかった。それじゃあ、並べなおしておくね」
手早く元通りにして、橙花ちゃんは立ちあがります、
「私はお暇するね。レプチレスさん、誘ってくれてありがとうございます」
『ん、またな』
橙花ちゃんはぺこりと頭を下げて、去っていきました。
過去の世界の橙花ちゃんは、魔王に対して本当に優しく、まるで友達のように接しています。
やっぱり、昔は仲良しだったのでしょう。劉生君の胸はきゅっと痛みます。不思議と、リンちゃんたちに会いたいなと、思いはじめました。
早く会いたいと、劉生君は目を閉じます。
しかし……。
「……あれ?」
戻る気配はありません。おそるおそる目を開くと、まだ記憶の世界にいました。
ギョエイとレプチレスはいそいそと将棋を打ちます。最初はぎこちなかったギョエイも、次第に慣れてきて、将棋の駒をせっせと動かします。
レプチレスはむうっと呻ります。
『さすがギョエイ皇帝。はじめてとは思えないな』
『そんなことないよ。……あと、皇帝って呼ばないでほしいな。普通に呼び捨てでいいよ』
『断る』
『あはは、そうですかー』
しばらくは将棋の駒を打つ音だけが響き、二人は一言も言葉を発しませんでした。劉生君は一緒に将棋盤を眺めていましたが、歓声も特になく、淡々と打っているせいでしょうか、しだいに飽きてしまいました。
「うーん。橙花ちゃんを追いかけよっかなあ」
どうしようか悩み始めたタイミングで、レプチレスが口を開きます。
『例の件は、いつ進める気だ?』
例の件?
例の件って、何でしょうか。
ギョエイは言いづらそうに話します。
『……そろそろ言わないといけないかなって思ってる』
『前の会議で決めた通り、蒼をはじめとして、年長の子どもだけに例の件を話すんだったか?』
『レプチレスは反対なんだっけ?』
『もちろん。他の子供にも知らせる義務があると考えているが、会議で決まったことには反対する気はない。だが、やるなら早くやった方がいい』
レプチレスは鋭く言います。
『そうしないと、あの子たちは、』
「劉生君?」
肩を叩かれ、ハッと目が覚めました。