14 吉人君の悩みごと 勉強って大変だ
ミラクルランドに行った日の夜、劉生君たちはどうにも目がさえてしまって中々寝付けませんでした。それはそうでしょう。あんな奇想天外な経験をしたのです。遠足の比ではありません。
ですが放課後にどんな冒険が待っていようと、学校には行かなくてはなりません。登校する劉生君とリンちゃんはあくびを連発していました。
「眠いね……」劉生君は大あくびをします。
「うん……。今日の授業なんだっけ」
「えっと、国語と、算数と、体育、理科、あとは……。道徳かな」
「ああ、二時間目が国語で、五時間目が道徳だったわね。よし、二時間目と五時間目は寝よう」
「怒られるよ……」
「気にしなーい気にしない」
寝れると分かったら、眠気が多少吹き飛んだようです。リンちゃんは嬉しそうにはしゃぎます。
「それよりも、放課後よ放課後! 楽しみだなあ。蒼ちゃんが言った通り、大切なものもいっぱい用意しといたんだから」
「いっぱい!? 一つだけじゃないの?」
「いっぱいあった方がいいでしょ!」
「……確かに!」
『ドラゴンソード』だけを持っていこうと思いましたが、違うものも持っていこうかな、何をもっていこうかと、劉生君は思い悩みます。
「ヨッシーは何を持ってきたのかしらね。楽しみ楽しみ! 後で聞いてみようね」
二人は教室に着きました。何気なく黒板を見た劉生君でしたが、「あっ」と小さな悲鳴を上げました。
「きょ、今日の算数、テスト返却だ!」
「うわあ、そうだったわね」
リンちゃんは嫌そうに顔をしかめます。
「前回のテストは自信なかったのよねえ。分数の計算なんて出来なくても生きていけるじゃないの」
「僕は時計の問題ができなかった……。どうしよう。悪い点数とったらお母さんに怒られちゃう」
「そういうのはね、こっそり捨てるのがいいのよ。びりびりに引き裂いてゴミ箱の底に捨てるのよ」
リンちゃんがプロの隠し術(ただし実は親にバレている)を披露していると、吉人君が登校してきました。
「おはようございます。では問題です。百葉箱はどの位置に作ることが決まっていますか?」
吉人君お決まりのクイズコーナーです。
「ひゃくよーばこ? 何それ。百四個箱があるの?」リンちゃんが首を傾げますが、劉生君は知っているようです。顔をパッと明るくします。
「それって、前に理科の授業で習ったのだよね? えっと、水温を測る……?」
「いえ、気温ですよ」吉人君が即答します。
「気温を測る百葉箱は置く場所が決まっています。では、次のうちどれでしょう。1、 直射日光があたらないところ。2、直射日光が当たるところ」
リンちゃんは自信満々に答えます。
「そんなの、2番に決まっているわ! 日陰は涼しいから、ちゃんとした気温とはいえないわ!」
劉生君もリンちゃんと同じ意見の様です。特に反論はしません。
ですが、吉人君は首を横に振ります。
「いいえ、残念ながら一番です」
「ええ! どうしてよ」
「そもそも百葉箱は中に温度計が入っているんですが、直射日光が当たってしまうと箱の中の温度が上がってしまうんです。それを防ぐために、直射日光が当たらない場所を選んで設置されます」
そういえば先生もそんなことを言っていたような気がします。また一つ勉強になりました。
「って、今は理科よりも算数よ算数! 一時間目の算数はテスト返却よっ!」リンちゃんはバンッと机を叩きます。ですが吉人君は動揺もせずに、「そういえばそうですね」と軽く受け入れています。
余裕な吉人君に、リンちゃんはむっとしてしまいます。
「天才のヨッシーにはテストの返却なんてむしろ楽しいんでしょうけど、あたしたちは嫌で嫌で仕方ないのっ!」
「今回のテストは三年生の振り返りテストで、成績にも入らないわけですから、そこまで追い込まれなくてもいいのでは?」
「え! そうなの! 成績に入らない? やったあ! じゃあ寝よう!」
「いやいやいや」
成績に関わらないと知るや否や、リンちゃんはすっかり興味を失いました。そんなことよりもと、ミラクルランドの話をします。
「それでそれでっ! ヨッシーは何をミラクルランドに持っていくの?」
「決めれませんでしたので色々持ってきましたよ。勉強に使う腕時計に、勉強に使うメガネ。それから勉強に使う棒付きキャンディーです」
「……学校に甘いものはだめなんじゃないの?」
「……あっ! そ、そうでした。黙っててくれませんか」
「仕方ないわね。一本くれたら黙っておいてあげよう」
そんな話をしていると、学校のチャイムが鳴りました。それと同時に、先生も教室に入ってきます。
朝の会が終わると、例のテスト返却です。テストは名前順で返却されますので、赤野劉生君が一番最初に受け取ることとなっています。
こわごわとテストを受けとり、点数を見ました。百点中、五十五点です。平均点は五十点らしいので、劉生君はほっとしました。リンちゃんに教えてもらった『必殺 テスト隠しの術』は今のところ使わなくてもよさそうです。劉生君が安心していると、鐘沢吉人君の名前が呼ばれました。
彼は特に何の感情もなくテストを受け取ります。点数をちらりとみた吉人君は、目を大きく開けました。
「え、どうして……」
呆然とテスト用紙を見つめています。どうしたのでしょう。気になってしまって、テストの解説が一切頭に入ってきません。授業が終わると、すぐに吉人君の方へ行きました。
「吉人君、どうしたの? もしかして、点数間違えがあったの?」
「……」
吉人君は黙って首を横に振ります。
「もしかして、消しゴム落としちゃった?」
「……」
やはり首を横に振ります。
そして彼は、消えそうな声で言いました。
「テストの点数が……。悪かったんです」
震える手でテストを握りしめます。
「な、何点だったの」
彼がこんなにも落ち込んでいるなんて、とても悪い点数を取ったに違いありません。もしかして、十点やニ十点をとってしまったのでしょうか。劉生君は唾を呑み込んで彼の返答を待ちました。
緊張が張り詰める中、吉人君は顔を歪ませて答えました。
「……六十九点、です」
「……えっと……」
劉生君はなんて言っていいか悩みました。ここは慰めるべきなのでしょうか、それとも彼自身の本心を述べた方がいいのでしょうか。劉生君は頭を抱えてしまいます。
ですが、そばにきたリンちゃんはバッサリと言ってくれました。
「高いじゃないの! あたしなんて二十一点よ!」
自慢げにテストの点数を見せてきました。テスト用紙にはペケか三角だらけで、丸は数えるほどしかありません。
「あたしの十倍も点数高いんだから、もっと堂々としてなさいよ!」
リンちゃんほど堂々とするのもいかがなものかと思う劉生君ですが、それにしても吉人君は落ち込みすぎだとも思いました。
「……僕の家では、テストの点数が八十点以上ないといけないと言われているんです。こんな点数を親に見せたら、なんて言われるか……」
「え? 八十点以上? ヨッシーの家も極端よねえ……」
「……いや、それも仕方ありませんよ。高い塾代を払ってもらっていますし。こんな点数では、親に失望されます。成績に入らないからと言って、手を抜いたと説教うけてしまいますよ」
「「……」」
劉生君とリンちゃんは何も言えなくなりました。
吉人君のパパさんは地元でお金の管理の仕事をしている社長さんです。吉人君はパパさんのことを尊敬していて、いつかは自分が会社を継ぐんだと、遊ぶ時間を削って一生懸命勉強をしているのです。彼のパパさんやママさんも吉人君が将来会社を継がせるためにと、たくさんの勉強をさせてあげています。
そんな彼の頑張りと両親からのプレッシャーを知っていましたので、二人ともこれ以上あーだこうだと茶々を入れられなくなりました。
劉生君は吉人君に気遣ってこう言いました。
「もしあれだったら、今日のミラクルランド行くのやめとこうか」
「え!?」
リンちゃんはぎょっと声を上げました。ですけどすぐに思い直したのでしょう。意気消沈した様子で頷きます。
「……ヨッシーが勉強しなくちゃいけないなら、あたしたち、……我慢するよ」
決して二人だけで行こうとは思いません。なんだって、ミラクルランドは三人で見つけた冒険の場所なのですから、二人で行っても本当に楽しい気持ちで冒険できません。
二人の思いやりにふれて、吉人君は口元を緩めます。
「……大丈夫。実は明日から家庭教師の人がくることになっているんです。塾がどうなるか分かりませんし、例の病気とやらもまだ収まっていませんので、今のところは休日に勉強することになっているんです。明日から土日ですからね。そこで取り戻しますよ」
だから、今日は冒険に行っても大丈夫。そう吉人君は言いました。
二人とも本心ではミラクルランドに行きたかったので、素直に喜びました。
「ヨッシーも気持ちを切り替えて、明日に備えるのがいいのよ!」
「そうそう! 『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の蒼井陽さんも、『一度の失敗は次の成功を導くものだ』っていっていたもの! きっと、次のテストでは百点満点とれるよ!」
「……うん。そうできるように頑張ります」
吉人君の表情に笑顔が戻ってくれました。
ですけど、テストを机の中にしまうとき、吉人君は辛そうにため息をつきました。
「……次は、絶対に頑張らないと」
それは自分に対して言っているのでしょうか。それとも、これからご両親にいう言葉でしょうか。
その答えは、吉人君でさえも分かりませんでした。