26 迫られる選択! 全部を知って、信頼しよう
一瞬、理解が遅れました。李火君の言葉の意味を知ったとき、劉生君は大声をあげて叫びました。
「へ?……ええ!?橙花ちゃんを置いていく!?」
声が反響して喧しく、李火君は思わず耳を塞ぎます。それでもプロ精神豊富な李火君は深刻そうな演技を貫きます。
「もちろん、ずっと置いておくわけじゃないよ。他のみんなの助けを借りて、もう一度蒼おねえちゃんを助けにいけばいい」
「で、でも……」
李火君は続けて、「この場所なら魔物も来ない」と説得してきました。
けれど、劉生君は納得するそぶりすら見せません。魔物が来る来ないの問題ではないと思ったからです。劉生君は大きくかぶりを振ります。
「そんなの……。ダメだよ。橙花ちゃんを一人で残せないよ。だって、橙花ちゃんが目を覚まして、一人ぼっちだったら寂しがっちゃうよ」
「魔王の呪いはそう簡単には解けないよ」
「けど、……でも……」
やはり、橙花ちゃんのことを思うと、李火君の案には乗れません。劉生君が納得しないと理解しているでしょうに、李火君は柔和な笑みを浮かべます。
「劉生君は優しいね。けど、蒼おねえちゃんにそこまで優しくしなくてもいいと思うよ。だって、蒼おねえちゃんはみんなに嘘をついていたんだよ? なら、少しくらい置いて行ってもいいよ。蒼おねえちゃんも許してくれるさ」
「けど……」
「それとも、劉生君はまだ蒼おねえちゃんを信じているの?」
「……」
劉生君は言葉が詰まってしまいます。
信頼……出来ているのでしょうか。
時計塔のこともあります。時間が停止してしまった原因も橙花ちゃんですし、トリドリツリーの最上階での非道な戦闘行為も、劉生君の頭に焼き付いています。
李火君は怪しげに囁きます。
「もしそれでも嫌だって思うなら、これは蒼おねえちゃんにあげる罰なんだって思えばいいよ」
「……罰……?」
「そう。嘘をついた罰。レプチレス・コーポレーションでも、信頼を裏切るような真似をした子は、その代償に厳しい立場に置かれる。蒼おねえちゃんも、信頼を裏切ったなら、代償を払うべきだよ。それが今ってこと」
「……」
もしかしたら、李火君の考えは正しいのかもしれません。
今まで李火君が間違ったことを言ったことはありません。その点でいえば、李火君は信頼のできる子です。
……けれども。
……それでも。
「……僕は、嫌だ」
李火君はすっと目を細めました。
「どうして? この方法が一番いいよ。それに、蒼おねえちゃんは俺を含めたみんなに嘘をついたんだから、遠慮なんていらないよ。それとも、劉生君はまだ蒼おねえちゃんのことを信頼しているの?」
信じられんと言いたげに、李火君は睨んできました。
しかし、劉生君は睨み返します。
「僕、橙花ちゃんのことを信じてるよ。橙花ちゃんはいっぱい嘘ついてるかもしれないけど、目が覚めたらいっぱい聞けばいいだけだもん」
「聞いたとして、その言葉も嘘かもしれないでしょ」
「……だとしたら、もっともっと聞けばいいだけだもん」
「……ふうん」
李火君は冷めた目で見てきます。
「どうしたらそこまであの子を信じられるわけ?」
「……だって、」
劉生君は、ふんわりと笑みを浮かべます。
「だって、橙花ちゃんは僕の友達なんだもん」
出会ってまだ間もないですが、橙花ちゃんとは様々な体験をしました。
一緒になって魔王を倒して、遊園地で一緒に観覧車にも乗って、美味しいご飯をたくさん食べました。
そのときの橙花ちゃんは半ば呆れていて、それでいて楽しそうでした。
その全てが、嘘だとは思えません。
「僕は橙花ちゃんを信じる。嘘をついてても、僕は信じたいもん。だから、橙花ちゃんを置いて行かない」
「……なら、どうやってここから出るの?」
「うっ、それは……。けど、橙花ちゃんは絶対に置いて行かないもん」
具体的な案は出せません。出せるほど優秀な頭脳は持ち合わせていません。
けれども、劉生君は自らの意志を曲げる気などさらさらありませんでしたので、プイっとそっぽを向きます。
「……そっか」
李火君は小さくため息をつきます。
「……君は優しいんだね。いい意味でも、悪い意味でも」
彼の目が怪しく光ります。
劉生君はドキリとして後ずさりました。
そのときです。
切羽詰まったような子供たちの声がわあわあと響きます。どうしたのだろうかと劉生君が辺りを見渡すと、
「うわあああああ!!」
岩石の隙間から、四人の子供たちが落ちてきたのです。