18 お邪魔しまーす 橙花ちゃんの夢の中?
ベットの上の橙花ちゃんは、相変わらず目を閉じたままです。
「……とうかちゃーん」
こそっと呼びかけてみました。
返事はありません。
「……橙花ちゃん……」
レプチレス・コーポレーションの魔王を倒さない限り、橙花ちゃんは目を覚ましてくれません。
それでも、劉生君はベットの側の椅子に座り、橙花ちゃんに話しかけます。
「……ねえ、橙花ちゃん。橙花ちゃんは、……嘘つきじゃないもんね。そんなことないよね。橙花ちゃんは、優しいもんね」
自分に言い聞かせるように劉生君はつぶやきます。
それから何気なくほっぺたをツンツンして、ごくごく自然な流れで瞬きをします。
「……へ?」
目の前の風景が、変わっていました。
「え!? なにこれ!? どこ!?」
白い壁に、つやつやの床、殺風景な部屋に、ベットが一つだけぽつりと置いてあります。どうやら病院のようです。
「……なんで病院にいるんだろう」
こういう、訳の分からないところに唐突に移動するパターンは前にも経験したことがあります。
魔王に記憶を見せられているときです。
今回もそれでしょうか。いやしかし、今回は魔王と接触していません。
「むう?」
いくら考えても答えが出ません。
首を傾げていると、ようやく劉生君はベットの中に誰かがいるのに気が付きました。
「わあ! えーっと、こ、こんにちは」
挨拶してみました。
けれど、ベットの中の人は答えませんでした。そもそも寝ているようです。目を閉じています。劉生君は何気なくベットの人の顔をのぞき込みます。
どうやら女の人のようです。髪を短く切っていて、大人っぽい女性です。
「この人誰だろう? どっかで見たことある気がするけどなあ。うーん」
悩んでいると、どこからかがちゃりと音が鳴りました。劉生君はキョロキョロと辺りを見渡すと、扉から誰か男の人が入ってきたのが分かりました。
マスクと帽子、サングラスをつけていましたが、背の高さや体つきから、男の人のようです。
彼はベットの側にいる劉生君を一瞥することもなく、女の人の枕元に座ります。
「……」
女性の髪の毛を撫でながら、彼はひどく寂しそうに、愛おしそうに呼びかけます。
「……なあ、いつになったら目を覚めてくれるんだ。……お寝坊さんだな。そろそろ起きてくれないと、兄ちゃん怒っちゃうぞ」
「お兄ちゃん? へえ、この子のお兄さんなんだあ」
劉生君は男の人をまじまじと眺めます。
劉生君が大好きな俳優さん、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』蒼井陽さんに似ているようですが、サングラスやマスクのせいでいまいちよく分かりませんし、目元にクマが出来ていてやつれています。
「……そのー。誰のお兄さん、なんですか?」
「……」
「ああ、やっぱり聞こえないんだ。つまり、ここは記憶の世界? ……でも、誰の?」
一番可能性がありそうなのは、ベットで眠るこの女の人でしょう。
「うーむむむ。誰だろう……。なんか見覚えある気がするんだよなあ」
劉生君は目を凝らして、女の子をのぞき込んでみました。
彼女のお兄さんの反応から考えると、彼女は長い期間眠ったままなのでしょう。ですが、寝ている彼女は血色も良く、普通に寝ているように見えました。
顔立ちや背丈から推測するに、劉生君より年上の子みたいです。髪は真っ黒で、真面目そうな印象を抱きました。
「年上の子、年上の子……。年上の子かあ」
あまり年上の知り合いはいないなあ、誰だろうなあと考えていると、ふと、ある人の顔がよぎりました。
「……あれ? もしかして……」
劉生君は、彼女の名を呟きます。
「……とうか、ちゃん?」
と、そのときです。肩がポンっと叩かれました。
「わあ!」
びっくりして振り返ると、目を真ん丸にさせた李火君がいました。
「りゅ、……劉生君?」
「へ? 李火君? どうして……。って、あれ??」
ほんのすこし瞬きする間に、寂しい病室から、李火君の家に戻ってきたのです。
「う……?」
目をこすってみますが、また病室に戻ることはありません。
李火君は心配そうに劉生君を見上げます。
「どうかしたの? まさか、君も眠りの呪いがかかっちゃったとか?」
「ううん、そんなことないよ! ちょっと記憶の中の世界にいってただけだよ」
「……記憶……?」
優しい李火君は、何の比喩表現かと考えてくれていました。結局よく分からなかったようで、李火君は問いかけます。
「つまり、お昼寝してたってこと?」
「ううん! 記憶の中!!」
「……???」
キョトンとする李火君に、劉生君はあれやこれやと説明をしはじめます。支離滅裂な説明でしたが、どうにか伝わってくれました、
「へえ、魔王たちが昔の記憶をねじ込んでるんだ」
「そうなの。けど、今回の記憶の世界は魔王っぽい人がいなかったんだよ。いつもはいるんだけどね。橙花ちゃんと、橙花ちゃんのお兄ちゃんだけだったよ」
「蒼おねえちゃんの?」
李火君はびっくりします。
「蒼おねえちゃんの過去を見たってこと?」
「過去……なのかな? けど、橙花ちゃんは大きかったよ。僕より大きかった。だからー……。未来の橙花ちゃん?」
「いや、そうじゃない」
李火君はじっと橙花ちゃんを見つめます。
「多分だけど、未来の蒼おねえちゃんじゃない」
「そうなの? 過去の橙花ちゃんなのかな?」
「……そうでもない、かな」
「……ふぇえ?」
それなら、あの橙花ちゃんは一体いつの橙花ちゃんなのでしょうか。過去の橙花ちゃんでも、未来の橙花ちゃんでもないのなら……。
「……」
劉生君の頭はショートし、目がうつろになりました。
「あっ、……なんかごめんね。えーっと、ひとまずこの話は置いておいて、みんなのところに戻ろう。作戦会議がしたいんだ」
「……うん。分かった」
劉生君は眠る橙花ちゃんに軽く手をふります。
「ばいばい橙花ちゃん。いい夢みてね!」
「……そうだね」
頷く李火君でしたが、橙花ちゃんを見るその目は、どこか寂しげな色をたたえていました。