16 深まる疑い……! 明かされる、真実
劉生君たち一行がモヤモヤした気持ちを抱いて、李火君の家に帰ろうとしている一方で、吉人君咲音ちゃんたちお留守番組にも動きがありました。
恐竜が闊歩する光景を眺めながら、咲音ちゃんはのほほんとした笑みを浮かべています。
「図鑑でしか見たことがない動物たちがこんなにいるなんて、嬉しいですねえ」
「ええ! 本当にそうですね!」
咲音ちゃんにひそかな思いを抱く吉人君ですが、恐竜の魅力の方が強かったようです。緊張せずに、仲良く一緒に恐竜を眺めています。
さすが恐竜好き吉人君と、動物好きの咲音ちゃんだけあって、ほとんどの恐竜の名前をあてることができています。
しかし、さすがにレプチレス・コーポレーションで作られた新種の恐竜たちの名前は知りません。
最初はあまり気にしていませんでしたが、何匹かのキメラ恐竜たちを眺めているうちに、どんな名前なのか知りたくなってきました。
「そうですわ!」
咲音ちゃんはぽんと手を叩きます。
「新種の恐竜さんの名前が書いてある図鑑が本棚にあるって、李火さんが言っていましたよね。わたくし、探してみます! うーんっと、どこでしたっけ」
咲音ちゃんはひとまず今いる部屋を探してみました。
咲音ちゃんだけに探させるわけにはいきません。吉人君も腰をあげて、手伝うことにしました。
「僕は奥の方から探してみますね」
「お願いします!」
咲音ちゃんの笑顔に、ちょっぴり照れ臭い気持ちになりながら、吉人君は奥に向かいます。
李火君のお家は細長いつくりになっていて、どこまでもどこまでも部屋が続いています。
一つ、二つ、三つ、四つ。
キッチン、リビング、浴室にトイレ、洗面所に倉庫の部屋と続いて、たくさんの本棚がある書籍の部屋にたどり着きました。
さいわいなことに、この部屋が最後の部屋のようです。
部屋自体は広くなっていますが、棚にあふれんばかりの本が並び、さらにははみ出していましたので、圧迫感があります。
「へえ、こんなにたくさん本があるんですね」
本が好きな吉人君は、大興奮で背表紙を眺め始めます。
「は虫類の漫画に、鉱石図鑑、ふふ、つるはし図鑑もありますね」
ためしに何冊かペラペラと読みます。絵が豊富で、かつ文章も丁寧に記されていて、読みやすい本ばかりです。
「……おっと。当初の目的を忘れていましたね」
吉人君は読んでいた「楽しく学べる!地質の書!」を閉じます。
「えーっと、恐竜の本、恐竜の本……」
図鑑が並ぶ本棚に目を通します。しかし、意外と李火君は雑に整理するタイプらしく、図鑑以外の本も並んでいました。
ついつい図鑑以外の本の背表紙も流れるように見ていましたが、
「……あれ?」
見覚えのある単語が目にはいり、はたと目を止めました。
「……『ムラに関する報告書』……?」
どうしてこんなものが李火君の本棚にあるのでしょうか。
不思議に思いながらも、興味の方が先にたち、本を手に取りました。
気まぐれにページをめくります。最初は気軽に読んでいましたが、だんだんと表情が険しくなっていきます。
「……これは……」
吉人君が呟いたのと、劉生君たちが帰ってきたのは、ほぼ同時でした。
◯◯◯
劉生君たちは李火君の家に戻りました。橙花ちゃんがもしかしたら嘘つきなのかもしれない、なんて話を聞いたせいでしょうか。どことなく暗い表情です。
しかし、家の中に入った途端、色んな悩みが吹き飛びました。
「あれ!?」
リンちゃんは叫びます。
「い、家が荒らされてる……!」
まるで物取りにでもあったかのように、部屋が混沌としていました。小さな本棚に入っていた本たちが床に散らばり、一人用のテーブルや椅子はひっくり返ってしまっています。
李火君は茫然と部屋を見渡します。
「こ、これは……。どうして……。一体だれが……」
リンちゃんは瓶の中のヘビを睨みます。
「あんたじゃないでしょうね!」
ヘビもヘビで身を縮めて首をぶんぶんと横に振ります。
『オレッチじゃないッス! 知らないッス!!』
「嘘おっしゃい!」
リンちゃんが吠える中、劉生君とみつる君は必死に二人の名を呼びます。
「咲音ちゃん!! 吉人君!!」「いたら返事して!!」
すると、本の山がぐらりと揺れました。
「っ!」
四人に緊張感が走ります。
みんなが見つめる中、本はがたがたと揺れ、崩れ落ちると、カールがかった髪の毛の女の子がひょっこり出てきました。
「うぎゃあ!」
劉生君が叫ぶと、女の子もびっくりします。
「わあ! 劉生さんったら、どうしましたか?」
すっ転んで尻もちついた劉生君に、女の子は首を傾げます。劉生君は怯えながら見上げて、ぽかんと口を開けます。
「……は、はへ? さ、咲音ちゃん?」
「ええ、鳥谷咲音です! 好きな動物は鳥さん、苦手な動物さんは微生物です!」
「そ、そうなんだ」
こんな状況で、新しい情報をぶっこんでくる天然さんは、咲音ちゃんくらいしかいません。
劉生君はほっと一安心します。
「よかった。けど、どうしてこんなぐちゃぐちゃなの?」
「レプチレス・コーポレーション原産の恐竜さんについていろいろ調べたいと思いましてね! 図鑑を探していたんです! そしたらこんなことに……」
「……」
李火君は頭を抱えます。図鑑一冊を探す程度で、ここまで引っかき回せるものでしょうか。彼には理解できません。みつる君にもよく分からず、呆然と本を見つめるばかりです。
意外にも、リンちゃんは苦笑しながらも、そこまでの衝撃は受けていません。
「うちの弟や妹もよくこんな散らかし方するわー。リューリューもそうだよね?」
「うん! あるあるだよねえ!」
何かを探していたら、奥底にしまい込んだ雑誌を見つけて眺める的なあれです。途中で進捗を見に来た親に怒られるまでが様式美です。
ちなみに、劉生君は母親だけではなく、リンちゃんにもよく怒られています。
「はあ……」
李火君はあいまいに頷きます。
「そういえば、吉人君はどこにいるの?」
ちょうどそのとき、部屋の奥からひょっこりと吉人君が出てきました。
「皆さんお帰りな……え!? どういう状況ですか!?」
「ごめんなさい、吉人さん。わたくしのせいなんです。それはともかく、図鑑は見つかりましたか?」
「え、ええ。図鑑は見つかりませんでしたが、気になる本を見つけました。この本なんですが……」
吉人君はある本、『ムラに関する報告書』をみんなにみせました。劉生君含め四人はなんだこれと本を眺めますが、李火君は息をのみました。
「それ、どこから見つけたの?」
「奥の本棚にありました」
「……そっか……。中は読んだんだね」
「……ええ」
深刻な空気が二人の間に流れます。
「何々? ヨッシー、何が書いてるの?」
リンちゃんの問いに、吉人君は答えません。かわりに、ちらりと李火君に視線をやります。
李火君は心得たとばかりに頷きます。
「全部読むのは大変だから、俺が要約して話すね。この本に書いてあるのは、文字通り時計塔のふもとにあるムラのことだよ。……それで、この本の中でみんなに伝えなくちゃいけないのは……」
ためらいがちに顔をふせますが、喉から絞りだすように、声を出します。
「……蒼おねえちゃんが、ムラの子の心を操作してる、ってこと」