12 お勉強終わり! お家に帰りましょ
蒼ちゃんは彼女の「覚悟」を打ち明けず、優しく微笑みます。
「……そうだ。君たちの世界に戻る方法も教えておかないと。えーっと、このあたりなら、ここかな」
蒼ちゃんは本棚を軽く杖で叩くと、突如、本棚が左右に動きました。その先には古臭そうで狭い空間が広がり、真正面には大きな姿見がありました。
リンちゃんは驚きます。
「これって、あたしたちが乗ってきたエレベーター?」
「そうだよ。エレベーターに乗って階数ボタンを押せば、君たちの世界に帰れるよ。ちなみに、ミラクルランドに戻ってきたいなら、エレベーターに乗って『ミラクルランドに行きたい』って願えばいいよ」
吉人君は唖然とします。
「意外と簡単に行き来できるんですね」
海外にいくよりも、日本国内を旅行するよりも、近所の公園に行くよりも異世界に行く方が楽なようです。
蒼ちゃんはふふっと笑います。
「一度来てしまえばリスクなしで行き来できるよ」
けど、と言い、蒼ちゃんは顔を曇らせます。
「正直、今のミラクルランドはあまり来ない方がいい。君たちが次にミラクルランドに戻るときには、ムラに直接来れるから、安全ではあるけど、魔物に襲われてしまうかもしれない……」
不安げな蒼ちゃんですが、リンちゃんは怖がるそぶりさえ見せず、満面の笑みで首を横に振ります。
「いいわよいいわよ! そりゃあ魔物は怖いけど、ムラにいたら安全なんでしょ? なら、ムラでいっぱい遊ぶわよ!」
吉人君も同意します。
「なかなか興味深い場所ですからね! もっと研究してみたいです」
二人はかなり乗り気のようです。
劉生君も、二人に負けず劣らず、目を輝かせて頷きます。
「僕も! すごく楽しいもん! それに、みんなが歓迎会をしてくれているし……。って、僕らが帰ったら、せっかくの歓迎会に参加できない! でも、あっちの時間危ないよね……?」
「……そうだね。そろそろ向こうの世界もいい時間だね」
「そんな……」
ガックリする劉生君ですが、すかさず蒼ちゃんはフォローを入れます。
「心配しないで。この世界は奇跡の世界だからね。君たちが願えば、歓迎会が始まる前のミラクルランドに戻ってこれるよ」
リンちゃんはしみじみと呟きます。
「ほんと、ここはすごい世界ねえ」
そういうことなら、一度お家に戻っても大丈夫そうです。
「なら、一度もどって、またくるからね!」
劉生君の元気な返事に、蒼ちゃんはほっとしたように、顔を綻ばせます。
「そっか。ありがとう。みんなも喜ぶと思うよ」
「うん!そうだ、帰ったら、お母さんとお父さんに自慢しなきゃ。この剣もみせたらビックリするだろうなあ」
劉生君はうっとりと『ドラコンソード』を眺めますが、ここで劉生君に残念なお知らせです。
「……えっとね、劉生君。喜んでいるところに水をさしちゃうけどね、……その剣、『ドラゴンソード』はね、ミラクルランドから出たら、君が持ってきた元々の形に戻ってしまうんだ」
「ええ!?そうなの!そんなっ!」
それはそうです。炎をまとった剣をお家に持って帰られてもお母さんもお父さんも困ってしまいます。
119番にかけるか、消火器を抱えて「ドキドキっ!消火活動!」をするでしょう。
火がどうにか消えたとしても、大振りの剣は確実にもて余します。洗濯物を干す棒に使うにしても、刃の部分に触れてしまえば体操着もスーツも一刀両断です。
そもそも所持してるだけで銃刀法違反です。警察のお世話になってしまいます。
それでも劉生君はショックだったようで、しょんぼり落ち込んでいます。
ちなみに、リンちゃん吉人君は、落ち込む劉生君をスルーして、蒼ちゃんに色々と尋ねています。どうやら、自分達も何か良さそうなものを持ってきたら、劉生君のようにかっこいい武器になるのかと質問しているようです。
蒼ちゃんは「君たちには戦ってほしくないけど……」と渋い表情を浮かべながらも、こくりと頷きます。
リンちゃんと吉人君は何を持ってこようかと声を弾ませて話し始めました。さっき魔物に襲われたとは思えないほど、楽しそうです。
二人はうんうんと悩みながら、エレベーターの中に入りました。
蒼ちゃんは「バイバイ」と手を振ろうとしますが、なにかいい忘れたことがあったようで、手を下ろし、今だ落ち込む劉生君の肩を叩きます。
「待って、劉生君」
「? どうしたの?」
「……君は、この世界に来たのは初めてだよね?」
なんだか深刻そうな話し方です。
「え? そうだけど。どうして?」
「……いや。それならいいんだ。気にしないで」
「……?」
よく分かりませんが、気にしないでと言われたらそれ以上追及はできません。素直にエレベーターの中に戻りました。
「リューリュー、なに話してたの?」
「前にここに来たことある? って聞かれたから、ないよって言ったの」
「へえ、蒼ちゃんったら、変なこと聞くわね。まあいいわ。動かすわよ」
リンちゃんはエレベーターのボタンを押しました。
扉が閉まると、エレベーターはぐんぐん下に降りていきます。ドアには窓がついていますが、真っ暗なままで何も見えません。
ここはどこなのでしょうか。異世界と劉生君たちの世界のはざまなのでしょうか。
もしここで止まってしまったら、彼らははざまの世界に取り残されてしまうのでしょうか。
そんなことを考えてしまった劉生君は、不安な気持ちに押しつぶされそうになります。
「……ほ、本当に何も起きないんだよね。来た時みたいに揺れないよね」
「蒼さんの言い方だと、心配しなくてもいいような気がしますが」
吉人君が劉生君を慰めようとしたときでした。電気がぴかっと光り、ぐらぐらと機体が揺れはじめたのです。
「わっわあああ!!」
「ちょ、ちょっと! 聞いてた話と違うわよ!」
リンちゃんが怒鳴り声を上げて、しゃがみこみます。
またあの時みたいな衝撃が来るかもしれない、劉生君はそう思いました。あの時のようにエレベーターが大きく揺れて、どこかにぶつかって、そして鏡には――。
劉生君はハッとして、鏡を見上げます。
そこに人影は映っていませんでした。ほっとした劉生君ですが、そのときに彼はあることを思い出します。
あの人影は、普通の影のように黒い色ではありませんでした。赤と黒がまざったような色をしていました。
『魔物はね、赤黒い姿をしているんだ』
蒼ちゃんの言葉が頭をよぎります。
そんなときです。エレベーターが安っぽい到着音を鳴らしました。
◯◯◯
「「「わあっ!」」」
三人は驚き、ドアの方を見ました。ドアは抵抗なく開くと、
「あ、あれ?」
「ここって、」
「……乗ってきたところ、でしたよね」
すっかりオレンジ色になった空に、緑の木々が生えています。
肌寒い風は身体を震わせます。そういえばあの世界では寒さや暑さを感じませんでした。そういうものがないのでしょう。
「……帰ってきたんだ」
劉生君に答えるように、カラスがかあかあと鳴いて、犬がわおんわおんと吠えました。そんな普段通りの音でさえ懐かしいと三人は感じました。
リンちゃんは大きく手を伸ばします。
「すごかったわね。ほんと、すごかったわ! おとぎ話の中に入ったみたい! あたし、あんなに楽しかったの久々かもしれないわ!」
吉人君もこくこくと頷きます。
「ええ! 一体、どういう原理でこちらの世界と繋がっているんでしょうかね?」
ふと、劉生君はベルトに挟んでいた『ドラゴンソード』を見ました。そこにはただの細い新聞紙の剣がはまっています。やはり蒼ちゃんの言っていた通り、元に戻ってしまったのでしょう。
劉生君はぽつりとつぶやきます。
「……夢みたいな場所だったね」
それでも、あの世界にいって、三人で冒険をしたのはれっきとした事実ですし、なんならもう一度行くこともそんなに難しいことではありません。昨日ではそんなことができるようになっているなんて、考えられなかったことでしょう。
そんな思いに浸っていると、チャイムが鳴りました。
『ウサギおいし かのやま』です。
「ああ、もう帰らないと!」
三人はそろって帰路につきます。それでもまだ夢見心地のままです。
そんな彼らを現実に帰らせようと、チャイムはせっせと『故郷』を歌い続けました。