8 李火君のお家にレッツゴー! ―お土産は、黄色のヘビさん―
少し歩いた先に、入り口が小石に埋もれた小さな洞窟がありました。
「あそこが俺の家だよ」李火君が教えてくれました。「一人用の家だから狭いけど、我慢してね」
もしや一人しか入れないくらい狭いのかと覚悟していましたが、入口こそ狭かったものの、中は案外広々としていました。
岩の壁にはランタンがつるされていて、床は落ち着いた茶色の絨毯が敷かれています。小さな椅子とテーブルがちょこんと置いてあり、大きなハンモックがつるされています。
ハンモックで寝るのかときくと、李火君は笑って否定します。
「奥の方に、寝る場所があるんだ。めんどくさい時はハンモックで寝ることもあるけど、うっかり落ちちゃうときもあるから、気を付けてね。……そうだ」
李火君はポンっと手を叩きます。
「みんなの座る椅子と飲み物を持ってくる流れで、蒼おねえちゃんを俺のベッドで寝かせようか」
「!! 僕もその方がいいと思う!!」
劉生君の背中よりも、李火君のベッドの方が寝心地もいいことでしょう。劉生君は李火君に連れてもらい、奥へ奥へと向かいます。
普通のお家でしたら部屋と部屋の間には扉や廊下がありますが、李火君のお家は細長いつくりになっていました。
キッチンや洗面所を越えると、一人用のベッドがちょこんと置いてある場所にたどり着きました。ベッドの上に橙花ちゃんを下ろして、掛け布団をかけます。
「橙花ちゃん、李火君がお布団貸してくれたよ。よかったね」
話しかけてみますが、橙花ちゃんは規則的な寝息をつくばかりです。
「……橙花ちゃん……」
劉生君は肩をおろします。
「ねえ、李火君。橙花ちゃんを起こす方法ってないのかな?」
李火君は黙って首を横に振ります。
「かなり複雑な魔法がかけられているから、難しいと思う。誰にかけられたの?」
「あの黄色いヘビだけど、魔法は魔王しか解けないって言ってた」
「……あのヘビの言う通り、魔王じゃないと解けないかな」
「やっぱりそうなんだ……」
劉生君は心配そうに橙花ちゃんの顔をのぞきこみます。呪いにかけられたとは思えない、穏やかな表情を浮かべています。
試しにぷにぷにと頬をつまんでみると、少し顔を歪めて、寝返りを打ちます。
「……本当に寝てるみたい」
思わず呟くと、李火君は微笑みます。
「うん。けど、こんな気持ちよさそうに寝てる姿は、俺も初めてだけどね」
「そうなの?」
「いつもうなされてたよ。あまりいい夢を見てないんだろうね。……おっと。このことは蒼おねえちゃんには内緒だよ」
李火君はウインクをします。
「蒼おねえちゃんは負けず嫌いだから、そういう弱い部分を見せたくないだろうからね」
「うん! 分かった! 内緒にするね」
劉生君は頷きます。
李火君はどこからか人数分の椅子を持ってくると、劉生君に手伝ってもらいつつ、みんなのところに戻ります。
「はい、どうぞ。それと、飲み物飲み物っと」
温かいココアをいれてくれました。ミルクの優しさとココアの甘さが心にしみわたります。劉生君はほっとため息をつきます。
「んー! おいしい」
リンちゃんもニコニコ笑顔です。
「ねー。リッヒーってココア作るの上手なんだねえ」
「……もしかして、俺のこと?」
「そうそう!」
「……はあ……」
李火君は何とも言えない、複雑そうな表情になります。ニックネームが気にいらなかったのでしょうが、大人な彼は特に反論せず、「まあ、ココアは好きだからね……」とあいまいな返事をします。
李火君も席に着き、ココアをすすります。
「それじゃあ、一息ついたばっかりで悪いんだけど、君たちに色々と聞きたいことがあるんだ。いいかな」
「うんわかった!」
劉生君は元気よく答え、空になったコップを掲げます。
「おかわり!」
「……へ?」
李火君は目が点になります。
リンちゃんは「ちょっと、リューリュー」といって、肘でつつきます。けれど、吉人君とみつる君が目を爛々と輝かせて立ち上がりました。
「僕ももう一杯お願いします!」「俺は作り方教えてほしい! いいかな!」
遠慮というものがどこにもありません。なんなら、咲音ちゃんすら「わたくしもお願いしますー」といって、コップを掲げました。
「……あはは。うん。分かった。用意するよ。林くんにも教えてあげるね」
リンちゃんもおそるおそる手をあげます。
「そのー。……あたしも教えてくれないかな?」
「うん。一人教えるのも二人教えるのも同じだから、いいよ。……その前に、」
李火君は脇に置いた瓶を持ち上げます。中にいた黄色のヘビは、ぎくりと体をこわばらせます。よくよくみると、瓶の重い蓋をそうっと外して、脱走しようとしたところでした。
「悪い子ですね、ヘビさん。動いてはいけませんよ」
いそいそとポケットから一枚のシールを取り出すと、瓶にぺたりと貼り付けます。
「レプチレス・コーポレーションで売ってる魔法道具だよ。その名も、『これは僕のもの』シール! これをつけると、シールを貼った人以外は瓶を開けられなくなるんだ。試してみて」
劉生君が頑張ってふたを廻してみても、リンちゃんが渾身の力を込めてまわしてみても、黄色のヘビがじたばた動き回っても、瓶はびくりともしません。
『ぐぬぬっ! 何するんッスか!! 離すッス!』
「無理ッスよ。ひとまず、ヘビはこれで大丈夫だね。よしっと、」
李火君はパンパン、と手を叩き、にこりと笑います。
「それじゃあ、ココアをもう一度入れにいこっか。その後で、色々と教えてほしいな」