3 もはや拷問! 熱心なファンの劉生君!
それから日がたち、ミラクルランドに行く日になりました。
五人はてこてこと学校裏の歩道を歩いていました。
持久走の練習やらテストの練習やらでどうにも日程があわず、二週間ぶりになりました。久しぶりの冒険に五人は楽しそうな表情を浮かべている、
……と、思いきや。五人中、四人はげんなりとしています。たった一人だけが、目を爛々と輝かせて、ぺらぺらと喋っています。
「それでね、蒼井陽さんがね、僕の頭を撫でてくれたんだ!! すごいでしょ、すごいでしょ!」
「……リューリュー。もう聞いた。五十回は聞いた。もうその話しないで。お願いだから。本当にお願いだから」
リンちゃんの懇願にも構わず、劉生君はなおも「いかに蒼井陽さんがかっこよかったか」を永遠に喋り続けます。
みつる君は遠い目をしてぶつぶつ呟いています。
「こういう拷問、絶対あるよね。どこかにあるよね」
あの優しい咲音ちゃんも体が震えてしまっています。
「劉生さんが嬉しそうなのはいいことですが、さすがに同じ話ばかり繰り返されると、動機が……」
お互い別日で女子会男子会をしてから、はや一週間がたっています。
もうリンちゃんと咲音ちゃんは女子会の話題を口に出さなくなっているというのに、劉生君はうきうきで、永遠と蒼井陽さんの話をしているのです。
最初は「へーすごいじゃん」「かっこいい人ですね!」と相槌を打っていたリンちゃんと咲音ちゃんでしたが、二十回、三十回を超えるころには、さすがの二人もげんなりしていました。
「……こうなったら奥の手よ」
リンちゃんはガムテープをとりだし、
「それでね、蒼井さんはアイスを食べてね、ニコッて笑ったんだ! ほんと、すっごくかっこよくて」
「えいや!!!」
劉生君の口に貼りました。
「大人しく鼻呼吸してなさい!」
「もがもがもがもが」
ようやく静かになりました。吉人君は思わず姿勢を正して拍手をします。
「さすが道ノ崎さん! 赤野君の幼馴染なだけありますね!!」
「でしょ? あたしってば天才!」
あまりにも無限にリピートされる劉生君の話に、みんなは疲れ、周りの目を気にする余裕はありませんでした。
そのまま大衆の面前を歩き、エレベーターに乗り、ミラクルランドにつきました。出迎えてくれたのは、橙花ちゃんと友之助君です。
「みんな、ミラクルランドにようこそ……って、どうしたの劉生君!? 何があったの!?」
「なんかの罰ゲームなのか!?」
「っ!」
劉生君は橙花ちゃんと友之助君を見て、目をかっぴらきます。
彼の頭の中には、次の文字が踊っていました。
『あの二人なら、蒼井陽さんの話を聞いてくれるに違いない!!』と。
劉生君の魂胆くらいリンちゃんや吉人君も気づいていましたので、ガムテープを外そうとする劉生君を必死で止めます。
「蒼さん、これには深いわけがあるんです」「友之助君も、絶対にそっとしておいてね! お願いだから!」
「……そ、そう。分かった」「お、おう」
二人はひきつった顔でこくこく頷きます。
続いて、聖菜ちゃんもやってきました。
「……ん。こんにちは」
「こんにちはー!」「こんにちは」「もがもが」
「……」
聖菜ちゃんは劉生君を見て、不思議そうに首を傾げます。
「……はやりのファッション?」
「そんな感じ!」
リンちゃんは元気よく嘘をつきます。劉生君は違うよと言わんばかりにもがきます。けれど、聖菜ちゃんは特に気づかず、にっこりと笑います。
「……似合ってる」
「もががっ!」
嬉しくない! と劉生君は訴えました。
それでもガムテープは外さずに、橙花ちゃんは自分のテントに案内します。もがもがと文句を言いながら劉生君はついていきます。
その途中、ふと空を見上げます。
空にあるのは、三時から針が動かない時計塔と、青々と広がる空、それから形の崩れた黄色の五角形でした。
「……」
あと二体の魔王を倒せば、眠り病にかかった子供たちを助けられます。そうすれば、蒼井陽さんにまた褒められるかもしれません。
劉生君は上機嫌になって、橙花ちゃんのあとについていきました。
〇〇〇
橙花ちゃんの部屋は、暖炉の火が爆ぜる、落ちついた雰囲気の部屋でした。みんなは深赤色のソファに座ります。
橙花ちゃんはみんなを見渡し、……劉生君には気まずそうな視線を送り、話し始めます。
「それじゃあ、この前みんなに話せなかった、トリドリツリー最終層で起きたことと、今後どこに向かうのかについて話をしようか。そうだね。まずは……」
橙花ちゃんは言葉をつまらせます。
「……トリドリツリーでのことは、後にしよう。先に、これからどこに行くかを話そっか」
こほんと咳ばらいをします。
「あと残っているのは二つのエリアだね。一つは、地底の採掘場。もう一つはコロシアムだね」
「……そういえば……」
吉人君は昔の記憶を掘り起こします。
「前にみおさんたちが、残りの魔王について最弱の王だの、最強の王だのと言っていませんでしたっけ? どっちがどっちでしたっけ」
「そうだね。二人だったら、地底の国の魔王を最弱、コロシアムの方を最強の魔王って呼んでたと思う」
みつる君は冷や汗をかきながら、提案します。
「それなら、先に地底の方に行こうよ! こういうのは、弱い方から行かないとね」
「……それなんだけどね」
橙花ちゃんはなんとも言いづらそうにします。
「確かに、地底の方の魔王は力が弱い。多分、そこらへんの魔物よりも弱い」
咲音ちゃんはびっくりして、口を手で覆います。
「あら、そんなに弱いんですか?」
「なら、楽勝じゃない!」リンちゃんは張り切ります。「さっさとやっちゃいましょうよ!」
しかし、橙花ちゃんはなおも乗り気ではありません。
「力は弱いんだ。けど、頭は抜群にいい。騙し打ちはお手の物。それ以外にも卑怯な手ばかりを使うんだ。正直、戦いにくい相手だよ。それに比べて、コロシアムの方は力こそ強いけど、頭脳を使うタイプじゃないから、対策を考えればなんとか勝てる」
吉人君は顎に手を当てます。
「つまり……。蒼さんは先にコロシアムの方に行きたいということですか」
「うん。そうだね。嫌な場所を後にするのはよくないけど、どうかな」
橙花ちゃんがそういうなら、とみんなは彼女の意見に賛成しました。橙花ちゃんは安心して、ソファに深く座ります。
「よし。……それじゃあ、本題いこう。トリドリツリーのことなんだけど」
ドンドン、とノック音がしました。
返事をする前に扉が開くと、友之助君が飛び込んできました。
「蒼! 大変だ! ムラの外で、子供が倒れてる!」
「なんだって!」
橙花ちゃんはすぐに立ち上がると、友之助君に駈け寄ります。
「案内して!」
「わかった! こっちだ!」
友之助君と橙花ちゃんは走っていきました。少し遅れて、劉生君たちも立ち上がります。
「僕たちも行きましょう」「ええ!」「もごご」
橙花ちゃんの家を出て、最初の時よりも多くなったテントの間を走りぬけます。暫く走っていると、橙花ちゃんや友之助君も含めて、何人かの子供が集まっていました。
その足元に、何人かの子供たちが倒れています。
橙花ちゃんと友之助君は、子供たちの容体を確かめながら、何か話しています。
「蒼っち! 子供たちはどう? 回復魔法かける?」
「ああ、みつる君。お願いできる?」
みつる君と、それから吉人君は魔法をかけてみんなを治癒します。しかし、目は覚めません。というよりそもそも、
「……もしかしてこれって、気絶じゃなくて寝てるだけ?」
そのようです。みんな心地よさそうにすやすや寝ています。友之助君はホッと息をつきます。
「よかった。寝てるだけか。それじゃあ、このまま寝かせてやるか」
「いや、ここはムラの守りがギリギリ届かない場所だから、もう少し内側にいこう」
「あ、そうなのか。なら、みんなで運ぶか」
子供たちは協力して運びはじめます。橙花ちゃんも手伝おうと動くと、そこら辺を走り回っていたみおちゃんが袖をぐいぐい引っぱってきました。
「ねえ、蒼おねえちゃん。ここにいる子たちって、爬虫類さんのところにいた子たちだよね」
「ああ、そうだね。地底の国にいた子たちだね」
「でも、李火いないね」
「……まあ、うん。いないね」
「まだあそこにいるのかなあ」
「……だろうね」
橙花ちゃんは李火君のことを思い出します。
「……李火は、少し特別だからね」
考え込んでいたせいでしょうか。
橙花ちゃんは、忍び寄る影に気づくことはできませんでした。草のかき分けるかすかな音に振り向いた時には、もう遅く、
一匹の蛇が、橙花ちゃんの足に噛みついていました。