2 びっくり! かっこいい救世主!!
「お、おじさん!」
「あー? なんだあ?」「あ、赤野っち、」
みつる君は座っていてとジェスチャーします。ですが、劉生君は真っすぐ先生さんを見つめます。
足も声も震えています。お酒の匂いに頭がくらりとして、今にでも逃げ出したくなります。情けないことに、劉生君の瞳には涙があふれていました。
けれど、……それでも、
「僕の友達の悪口言わないでっ!」
劉生君は、リンちゃんや吉人君、咲音ちゃんや橙花ちゃんのことが大好きで、みつる君のことも大好きなのです。
みつる君をいじめる人は、例え魔王だろうが、魔神だろうが、お酒に酔っぱらった男の人だろうが、許すことはできないのです。
酔っ払いの先生さんは、劉生君を睨みつけます。
「ああ? んだよこのガキ」
「う、僕は負けないぞ! 僕には、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』のお守りがあるんだ!」
「なんだ? それ。知らねえアニメだな! そんじゃ、俺と勝負をしろ。一本背負いでおねんねさせてやる」
先生さんの腕がぬっと伸びてきました。そのまま劉生君の首根っこをつかもうとしましたが、
「お待ちなさい」
マスクをつけた眼鏡の青年が、先生さんの腕をつかみました。先生さんは彼を睨み、唾を飛ばして怒鳴ります。
「なんだとてめえ。これは男と男の勝負で、……ぐあ!」
若い男の人が動いたかと思うと、先生さんは地面に叩きつけられていました。青年はふっと微笑みます。
「あなた得意の一本背負いです。いかがですか」
「あぐ……。う……?」
背中の痛みに酔っ払いさんが目を瞬かせます。すると、ようやくみつる君のご両親がすっ飛んできました。顔が真っ青になっています。
「ちょっと! 先生さん!? い、一体何が……。まさか、また先生さんが暴れたんですか!?」
みつる君が小さく頷くと、みつる君お母さんは般若のごとく目を釣りあげます。
「先生さん! いい加減にしてください! お医者様だからって、やっていいこととやっちゃいけないことくらい区別がつくでしょうが!! もう頭きた! 出禁!! 先生さん出禁!!!」
「そ、そんな!」
あんなに強気だった先生さんは、途端にうろたえます。
「待っておくれよ。ここのご飯が食べれなかったら、俺はどこで飯を食えばいいんだ」
「ここは商店街だよ。ほかの店なんていくらでもあるでしょ!!」
「そうだけど……。ほかの店遠いし……」
「だったら大人しくしてなさいよ! ええい、お父さん! 先生さんを二階に叩きこんで! 説教してあげて!」
お父さんは険しい表情で先生さんを引っ張っていきました。先生さんの姿が見えなくなると、お母さんはもうしわけなさそうに眉をひそめ、青年にペコペコ頭を下げます。
「すみません、ご迷惑をかけして。もしかして、殴られてしまいましたか?」
「いや、私はなんともありませんよ。絡まれていたのも、あなた方のご子息さんと、彼のご友人さんでしたから」
「あらま!」
顔面蒼白で、今度は劉生君に頭を下げます。
「すぐに止められなくてごめんなさい!」
「あの、僕は、何もしてません。この人が全部やってくれたから……」
劉生君はガタガタ震えていただけでした。バツが悪そうにしている劉生君えしたが、青年は「そんなことないよ」といい、劉生君の両肩に手を置きます。
「実は私も見て見ぬふりをしてしまいそうになりました。ですが、彼の勇気が背中をおしてくれたんです」
青年はウインクをします。
「かっこよかったよ」
劉生君は恥ずかしくて、顔を真っ赤にします。
「ぼ、僕は全然……。それに、僕は『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の蒼井陽さんみたいになりたかったから、頑張っただけだもん」
「……そっか。君は優しい子なんだね。それに謙虚だ。でも、もっと堂々としていいんだよ。君は立派だった。それは、この僕が認めるから。……本当はこういうことはしちゃいけないことになってるけど、勇気ある少年のためだから、特別に、ね」
青年は眼鏡をとり、マスクを外しました。
整った顔立ちに、柔らかな目元、どこからともなくスターのオーラが発せられ、輝いてみえます。
彼は、にっこりと微笑みます。
「こんにちは。えっと、分かるかな?」
劉生君はぽかんと口を開けました。これは夢か現実かと頬をつねります。
「痛い……。から、……現実……? じゃ、じゃ、じゃあ、本物の、」
劉生君は、叫びました。
「本物の蒼井陽さん!!!????」
「うん、そうだよ」
吉人君とみつる君も初めて出会った有名人でしたので驚いていましたが、それ以上に劉生君は興奮して飛びあがり、はちきれんばかりに手を振りまわします。
「わっ! わっ! わっ! 僕、その、すごく、ふぁ、ファンなんです! 好きなんです! ちっちゃい時からずっと好きで、かっこよくて! とにかく大好きなんです!」
「そっか。嬉しいな」
「あの、握手! 握手させてください! ああ、サイン! サインください! たくさん書いてください!! いや一枚でいいです!」
「大丈夫。何枚でも書くよ」
「やったあ!!」
劉生君はぎゅっと手を握り、あれやこれやにサインをもらいます。ついでにパジャマにも書いてもらいました。
なんでパジャマなのだろうかと疑問に思ったでしょうが、さすがプロ。笑みを絶やさずにすらすらとサインを書きます。
ついでにお店に置いておく用のサインも書きました。
みつる君お母さんはすまなそうに身を縮めます。
「先生さんも止めてもらって、サインまでもらって。本当にありがとうございます。そうだ。ケーキはお好き? 食べていきなよ」
蒼井さんにケーキと珈琲を、劉生君たちには注文の品に加えてソフトクリームとジュースをつけてくれました。
嬉しそうに頬張る吉人君の横で、劉生君はうっとりと蒼井さんを見つめていました。
「かっこいい……。テレビで見るよりかっこいい……」
「ふふ、ありがとう。ほら、君もお食べ。アイスが溶けてしまうよ」
「はい……!」
今度はソフトクリームをバクバクと食べ始めます。
忠実すぎる劉生君にみつる君は苦笑しながら、杏仁豆腐を口にします。
「それにしても、先生さんも困った人だよね……。お母さん、本当に先生さんを出禁にするの?」
「大変な仕事だからって我慢してたけど、さすがに今回は出禁よ」
「……そうだよね。先生さんも大変だろうけど、さすがにねえ……」
吉人君が興味深そうにしているのに気づき、みつる君は説明してくれました。
「先生さんはお医者さんって言ったでしょ。こっから五駅離れたとこの大学病院で働いているんだけど、そこで例の、……『眠り病』の子供たちを診てくれているんだ」
みつる君お母さんも、渋い表情をします。
「まだ原因も何も分かっていないから、飲み食いもしないで必死に研究してくれてるのよ。そのせいで、たまの休みにはほとんど動けなくなっちゃうみたいでね。簡単にご飯を済ませていたの」
カップラーメンやファーストフードのデリバリーを頼んでいたとのことです。
カップラーメンそれ自体は手軽で美味しい最高の料理ですし、ファーストフードも値段が安い上に美味しい最高のお店ですが、さすがに毎日食べていると栄養が偏ってしまいます。特に栄養なんて考えずに食べていましたので、なおさらでした。
そのうち、先生さんは自宅アパートの一階にある飲食店、みつる君ちのお店『はらばら亭』の前で倒れてしまいました。
それをみつる君お父さんが見つけて、たくさんご飯を食べさせてあげて、それから先生さんは『はらばら亭』に通いはじめました。
「だからといって、他のお客さんに危ないことをするのは許しちゃいけないからね。やっぱり出禁にはするわよ。.……まあ、営業時間外に来てくれたら、食べさせてあげてもいいけど……」
みつる君のお母さんは肩をすくめます。なんやかんやいって、やっぱりみつる君のお母さんだけあって、とても優しい人です。
蒼井さんは、先生さんのいなくなった方をちらりとみて、神妙に呟きます。
「……あの方は、眠り病の研究をしているんですね」
その声は、どこか沈んでいました。
「けど、大丈夫ですよ!」
劉生君は元気よくガッツポーズをして、拳を天に突き上げます。
「僕らがミラクルランドでぱぱっーっと魔王を倒して、眠り病にかかったみんなを助けるんだから!」
なんと全部言ってしまいました。みつる君と吉人君はビックリして驚きます。なんて言い訳すればいいかと焦る二人でしたが、蒼井さんは完璧な笑顔を保ちます。
「そうだね、君になら出来るよ」
ポンポンと頭を撫でてくれました。これには劉生君もテンション爆上がり。嬉しすぎて心臓がはちきれそうです。
「はい!! 頑張りましゅ!!!」
「ふふ、応援してるよ、劉生君」
「!!」
さらに名前まで呼んでくれました。もう嬉しいを通り越して死んでしまいそうです。気絶寸前の劉生君を、みつる君が支えます。
「赤野っち、赤野っち、しっかり! はいこれオレンジジュース!」
劉生君は一旦ドリンク休憩です。話す人がいなくなりましたので、吉人君が間をつなぐ軽い気分で話をします。
「えーっと、そうだ。どうしてこの街にいらっしゃったんですか。ロケですか?」
「いや、違うよ。……妹のお見舞いに来たんだ」
「お見舞い? あれ、ですが蒼井さんって……」
さんざん劉生君から蒼井陽の経歴を聞かされていましたので、彼には兄弟がいないと知っていました。
それを暗に指摘すると、蒼井さんの笑顔が陰ります。
「……そうだね。公式では兄弟はいないことになっている。けど、本当は妹がいるんだ。俺の大切な、たった一人の妹」
「……お病気なんですね」
「うん。……そうなんだ。優しい子でね、自分のことよりも誰かのことを一番に考えるような子なんだ」
彼は、項垂れます。
「……それに、甘えすぎたのかもしれないな」
「……」
悩みもがく彼の姿に、吉人君は頑張り屋の女の子の姿が重なりました。
「……あの、もしかして、」
吉人君が頭の中で思いついた答えを投げかけようとすると、タイミング悪く蒼井さんの電話がなりました。
蒼井さんは「ごめんね」と一言言うと、外に出ました。ほんの一分でかえってきましたが、そのときにはアイドル、蒼井陽に戻っていました。
「ごめんね。こんな暗い話をして。さあさあ、せっかくだから甘いものを食べよっか」
「はい!!」
蒼井さんに忠実な劉生君は驚異的なスピードで焼きいもやソフトクリームを食べ始めました。なんなら吉人君のものも手をつけそうになりましたので、吉人君も慌ててスプーンを進めます。
結局、食べ終わるころには吉人君が質問をするタイミングもなくなり、「用事があるから
」といって風のように去っていきました。
「ああ。蒼井陽さん……。これは夢かもしれない。いや、奇跡! 奇跡だよ! そっか! 分かった! ここがミラクルランドなんだ!」
「違いますよ」
吉人君は否定します。
みつる君はやんわりとフォローします。
「まあ、こんなところに有名人が来るなんて、ほんと奇跡だよねえ」
「こんなところで悪かったわね、みつる。……ま、私もそう思っちゃったけどね」
みつる君お母さんはからからと笑います。
「ささ、あなたたちにも迷惑かけちゃったんだし、いっぱい食べてね。私がおごるから」
遠慮する吉人君にも構わず、みつる君お母さんはどんどん甘いものをテーブルに乗せていきます。
どれもこれも美味しいものばかりで、三人ともついつい手が伸びてしまいます。先生さんとみつる君お父さんがそろってみんなに謝りにきたころには、劉生君たちはお腹いっぱいで苦しくてそれどころではなかったくらいに、たくさん食べたのでした。