11 魔物ってなんだ……。なんだ?
他の二人にも同じように声をかけ、蒼ちゃんはあるテントに招きます。
しかし、どうみても一人しか入れなさそうな大きさのテントでした。訝しげな吉人君に、蒼ちゃんはにっこりと笑います。
「大丈夫。中は広いから」
蒼ちゃんの言った通りです。テントの中に入ると、広々とした空間が広がっていました。
「わあ、すごい! テントの中にお家がある!」
リンちゃんは驚いた声を上げました。
テントの中は、まるで煉瓦造りの家の一室になっていました。
重厚感のあるテーブルに、ふわふわなソファー。たくさんの本棚が所狭しと並んでいます。暖炉の火がパチパチと音を鳴らしていて温かみのあるお部屋です。
「ここはボクの部屋だよ。ささ、座って座って」
促されるまま、三人はソファに座ります。蒼ちゃんはテーブルをはさんで向かい側に座ります。
「まずは劉生君。その……ごめんね? いたくない?」
「ううん、全然痛くないよ」
リンちゃんはきょとんとします。
「え? どうしたの? 何かあったの?」
蒼ちゃんはためらいがちに答えます。
「実はね、時計塔の近くにいた劉生君を魔物だと勘違いして、痛い思いをさせてしまったんだ。本当にごめん。はやとちりだった」
「そんなことないよ! 大体、僕が時計台に触っちゃったのがいけないんだし」
「触った?」
蒼ちゃんは責める気なく繰り返しましたが、劉生君はそう感じてしまったようです。肩を縮こませます。
「う、うん……。綺麗だなあって思って。僕が触ったから、あんな音が出たんだもんね? ごめんなさい……」
「劉生君のせいではないよ!」
蒼ちゃんは慌てて否定します。
「触ったのが魔物ならともかく、君はれっきとした人間の子供だから、時計塔が反応するはずないよ。きっと時計塔の調子が悪いんだ。あとで点検しておくね」
「……うん」
必死に蒼ちゃんが宥めたことで、劉生君も少し元気が出てきました。蒼ちゃんはほっとします。
「よし、それじゃあ改めて、この世界のことについて説明しよう。この世界はね」
「あ、そのことなんですが」吉人君が言います。
「実は魔法云々は友之助君に教えてもらいました」
リンちゃんは、うんうんと頷きます。
「そうそう! すごく色々教えてくれたの」
それにね、とリンちゃんはくすりと微笑みます。
「友之助君は、魔物のことはよくわからなかったみたいだったの。だから、蒼ちゃんに聞きに行こうとしたんだけど、そしたらさ、『蒼は疲れているから、説明を聞くのは後にして』って言って止めてくれたの。ほんと、友之助君っていい子よね」
「そっか……」
蒼ちゃんは照れくさそうに頬をかきます。
「分かった。それじゃあ、友之助君が話してないことについて説明しようっか」
「ええ、お願いするわ!」リンちゃんは笑顔で言いました。
「では、魔物のことについて教えていただけませんか」吉人君は真剣な眼差しで言いました。
「あの、多分僕、友之助君の話を聞いてないよ」劉生君はおどおどしながら言いました。
蒼ちゃんは真面目な表情になると、説明を始めました。
「友之助君から聞いた通り、この世界は願いを込めればなんでも叶う世界なんだ」
「そうなんだ!?」
「そう、何でも願いが叶う世界。例えば劉生君の剣も、君の願いで出来たものなんだ。個人差はあるけど、大抵のことは出来る世界だよ」
劉生君のために魔法の説明を軽く済ませると、リンちゃんたちも知らない話に移ります。
「最初はそれだけだった。夢のような奇跡が起こせる平和な世界だったんだ。だけどある日、それが変わってしまった」
蒼ちゃんは天を仰ぎます。まるでその日を思い出しているかのように。
「その日は夕方だった。それはそれは綺麗な夕焼けだったよ」
今日はもう帰ろうか、明日は何をして遊ぼうかと話をしていました。
そのときです。
魔物の頂点に君臨する魔神が突如現れたのです。
魔神は時間を三時に固定し、子供たちにある呪いをかけました。
「その呪いは、眠りの呪い。といっても、呪い自体は恐ろしいものではない。17時間ずっと活動をしていると急に眠くなって7時間寝てしまう呪いだよ」
「へ?」
リンちゃんは素っ頓狂な声を上げます。
「それって、普通に寝ているだけじゃないの」
吉人君も首を傾げます。
「むしろ多いくらいですよ。僕なんて五時間しか寝ていませんし」
劉生君は驚きます。蒼ちゃんの発言にではありません。吉人君の発言に対してです。
「ええ! そんだけしか寝てないの! 僕なんか九時間は寝てるよ!」
「いやリューリュー、それは寝すぎよ!」リンちゃんが突っ込みます。
「逆に才能がないとそんなに寝れませんよ」吉人君も同意しますが、リンちゃんは吉人君にも異議を申し立てます。
「ヨッシーもヨッシーよ。五時間なんて寝なさすぎよ。もっと寝なさい」
「睡眠時間にあてるくらいなら、勉強時間にあてたいです」
「そんなこといっているから身長も伸びないのよ」
「……中学生になったら伸びますし」
会話が切れる頃を見計らい、蒼ちゃんは話を続けます。
「君たちの世界では普通かもしれないけど、本来この世界は眠らなくても大丈夫な世界なんだ」
しかし、呪いのせいで、必ず眠りに落ちてしまうようになってしまいました。どんな武人だとしても、寝ているときは無防備となります。その間に魔物が襲ってきて、子供たちの多くが誘拐されてしまったのです。
「ボクが魔物に攫われたのも、眠っている隙をつかれたんだ」
吉人君はごくりと唾をのみます。
「……攫われた子供たちは、いったいどんな仕打ちが待っているんですか……?」
「攫われた子供たちは、魔王のところに連れてかれるんだ」
「魔王? 魔神ではなくて?」
蒼ちゃんはこくりと頷きます。
「けた違いに強い魔物は、魔王と呼ばれているんだ。今のところ五匹いるね。誘拐された子供たちは魔王の拠点に閉じこめられる」
リンちゃんは頭をひねり、一生懸命飲み込もうとします。
「えーっと、一番強いのが魔神で、次に強いのが魔王、一番弱いのは魔物ってことよね。それで、魔神は一匹で、魔王が五匹、魔物は……どんだけいるの?」
「魔物は君たちの世界の動物くらいいっぱいいるよ。ちなみに、どんな姿かたちをしている魔物でも、ある共通点があるんだ」
蒼ちゃんは杖を一振りすると、ホワイトボードが出てきました。記入する面には何枚もの写真が貼っています。犬や鳥、亀やカエル、金魚の写真のようですが、普通の動物にはないある特色がありました。
「これは魔物の写真だよ。姿かたちは違うけど、共通点があるのは分かるよね」
リンちゃんは「はいはいっ!」と挙手をします。
「分かったわ。なんか赤と黒が混じった色をしている!」
「そうそう。それと、別に挙手はしなくていいからね」
吉人君も手をあげて発言します。
「それと、黒いもやを身にまとっているようですね」
「うん。その通り。それと挙手は」
劉生君もおそるおそる手をあげます。
「あと……。五角形の黄色い印があるよね。この世界の空に浮かんでいるのと同じ印が……」
「……うん。うん。そうだね、三人とも正解。それにしても自由だね君たち……」
ぽそりと呟きつつ、気を取り直して説明を再開します。
「魔物は赤黒い見た目をしていて、黒いもやがかかっている。それと、五角形の黄色の印がある。この黄色い印は魔神に所属している証なんだ。この世界の上空に浮かんでいるのは、ミラクルランドが魔神の領域内にある証っていうこと。あれがある限り、この世界で子供が攫われ続ける」
「「「……」」」
三人は空に浮かぶ五角形を思い出します。綺麗だな、と思っていた三人ですが、一気に不気味なものみ思えてきました。
リンちゃんがちょっと緊張した様子で尋ねます。
「攫われた子たちってさ、魔王の床に行くんでしょ? そこでどんな目にあうの? もしかして、その……」
「大丈夫。魔王の住処に捕まっているだけだよ。……ただ、一度捕まったら、自力で出れない。助けるためには、魔王を倒さないといけない」
劉生君は沈んだ気持で言います。
「……でも、強いんだもんね、その魔王っての」
「うん。かなり強い。だからボクも今まで反撃には移れなかった」
蒼ちゃんは思いつめたように、ぽつりとつぶやきます。
「……でももう、覚悟をしないと」
決意を固めた、強い意志のこもった声色です。しかし、彼女の言葉は、どこか危うさを感じるような、劉生君はそんな気がしてしまいました。