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ほうかごヒーロー!~五時までの、異世界英雄伝~  作者: カメメ
4章 音楽の大樹、トリドリツリー!―どんな思い出も、大切だから―
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29 あのときの二人は、夕日の下で笑いあっていた

 橙花ちゃんを横に寝かせ、リンちゃんたちと劉生君はここがどこなのか、何がどうなって橙花ちゃんがこんなにボロボロなのかと話し合い始めます。


 けれど、事の詳細を知る子は誰もいませんでした。


 魔王が橙花ちゃんを倒したのではないか、いやそれよりもすごいのが来たのではないかと憶測だけが飛び交う中、吉人君は冷静に判断してくれました。


「蒼さんが起きるまで待たないと、何も分からないかもしれませんね。そうだ、僕が回復魔法をかけます。<ギュ=ニュー>」


 白い光が橙花ちゃんの体に吸い込まれると、傷が癒えていきました。


 目立った傷がなくなってからもかけ続けていると、橙花ちゃんのまつ毛が震えました。


「……ん……?」


 橙花ちゃんは目を覚ましました。


「あれ? ここは……」

「お? 蒼ちゃん、気が付いた?」

「リンちゃん? みんなも、目を覚ましたんだね。……っ! そうだ! 劉生君は!?」


 劉生君も吉人君に回復してもらっていました。橙花ちゃんは劉生君のすぐ近くまで行くと跪き、じっと瞳をのぞいてきました。


 劉生君はなんだか気まずくなって後ずさりします。


「えっと、どうかしたの?」

「……劉生君。ボクの名前を呼んでみて」

「ふぇ? ……橙花ちゃん?」

「……うん。そうだね。橙花。本当はその呼び方止めてほしいけど、この際かまわないよ」


 目が赤く光っていないのを確認してから、肩を下ろします。


「よかった。ちゃんと劉生君だ」


 劉生君を含め、何も知らない子たちはぽかんとしています。吉人君も困惑しながら橙花ちゃんに訊ねます。


「あの、蒼さん。一体ここで何があったんですか? それに魔王はどこに‥‥?」

「魔王のことは心配しなくていいよ。もうここにはいない。倒したからね」


 リンちゃんはビックリ仰天します。


「ええ!? 倒しちゃったの!? いつの間に! あたしも戦いたかった! 起こしてくれればよかったのに」


 咲音ちゃんもひどく残念そうにしています。


「わたくしも、クジャクさんがどうやって戦うのか見てみたかったです‥‥」


 みつる君もひどく残念そうにします。


「俺も、クジャクをさばきたかったのに」

「‥‥みつるさんは起こさなくて正解でしたね」


 あの天然ゆるふわ系の咲音ちゃんでさえ、呆れてしまいました。


「……」


 魔神と戦っていた時には感じることはなかった心地よさに、橙花ちゃんは目を細めます。


「そうだね。ちゃんと説明するよ。けどその前に、トリドリツリーにいた子どもたちをムラに案内してあげてもいいかな?」


 魔王がいなくなった今、魔物が子供たちに襲い掛かることはないでしょう。しかし、少しでも危険な思いや怖い思いをさせたくはありません。


 それに、ここで説明するにしては、話が込み入りすぎています。一度考える時間が、橙花ちゃんに欲しかったのです。


 みんなも同意してくれましたので、たった一つの出入口、虹のピアノへと歩を進めます。劉生君も、橙花ちゃんのあとをテクテクとついていきます。

 

 橙花ちゃんが特に警戒もせず、虹の階段に足を踏み出そうとしました。


 その時です。


 チリン、チリン。


 鈴の音がなりました。


 どうやら空の方からです。


 みんなが上を向くと、まるでそれを待っていたかのように、空の色ががらりと変わりました。


「わあ、きれいな夕日……!」


 空は一面オレンジ色に染まっていたのです。


 透き通るような橙色の光は息をのむほど美しく、それでいてすぐに崩れてしまいそうな危うさをもはらんでいました。

 

「でも、どうして」


 こぼれるようにつぶやいたのは、劉生君でした。


 ミラクルランドは、青空しかないはずです。なぜなら、時計の針は三時で止まっているのですから。


 劉生君は時計塔があるはずの方向に顔を向けます。しかし、あの大きく高い時計塔はありませんでした。


 その代わりに、一人の影と、一羽の影がそこにありました。


 鳥の影は、隣に座る人影に話しかけます。


『ねえ、蒼。……どうして君は泣いているの?』

「……トトリちゃんのせいじゃないよ。……私ね、夕日って苦手なんだ」


 彼女は、橙花ちゃんは俯きます。ポロリと、涙が零れ落ちます。


「……私の名前、橙花って名前は、夕日からとってるんだ。私が生まれたとき、すごく綺麗な夕焼けだったから、そういう名前にしたんだってさ」

『ふうん。センスいい名前な気がするけど、それでも嫌いなんだ』

「……うん。私の名前をつけたのはね、お父さんとお母さんなんだ。二人とも私を愛してくれた。けど、……私は、お父さんと血が繋がってなかったの。だから、私とお母さんは追い出された」


 トトリは言葉を探すように迷いながらくちばしを開きます。


『……それで、蒼はお母さんと過ごしたの?』

「ううん。お母さんも私に嫌気がさして、いなくなっちゃった」

『……中々にひどい話だ』

「お母さんもお父さんも悪くないよ。私が悪かった。だから、お母さんとお父さんを責められない。……けどね、」


 ぎゅっと、手を握りしめます。


「夕日をみたり、名前を呼ばれたりすると、胸が苦しくなるんだ。本当なら、こんなきれいな夕日をトトリちゃんと一緒に楽しみたかったんだけど」

『……』


 トトリは空を見上げます。


 しばらく橙花ちゃんと空を眺めていたトトリですか、突然、ぴょんと跳ねました。


『そうだ! なあ、蒼!』

「急にどうしたの?」

『蒼は、出来ればミラクルランドから夕日を消してしまいたいって思ってるでしょ? けど、ウチの力でもさすがにそれは出来ない』


 トトリは『別にやる気がないから、できないわけじゃないから』と主張して、バサバサ翼を羽ばたかせます。橙花ちゃんは「大丈夫、分かってるよ」と笑顔で頷き、話の続きを促します。


『夕日を消すためには、まず時を止めなくてはならない。さすがにそこまでの事をするなら、かなりの魔力がいるね』


 トトリ曰く、ミラクルランド五人の王全員が力を合わせるか、それともたくさんの子供の願いがこもってるなら話は別ですが、それは現実的ではないと断言します。


 それでも、彼女は笑顔を絶やさず、ある提案をしてきました。


『だからさ、記憶を消そう! 蒼の辛い思い出をなくしてしまえば、夕日も綺麗に見れるし、名前を呼ばれても嫌な気分にならない! どう? いい案でしょ?』

「……そんなこと、できるの?」

『今はできない。けど、蒼のためなら気合い入れて頑張ってみるよ』


 あの怠惰なお姫様がここまでいうのです。驚いていた橙花ちゃんは涙をぬぐい、笑みを浮かべます。


「……それじゃあ、お願いしてもいいかな」

『うん! 楽しみにしてね!』


 彼女たちは顔を合わせて、笑いあいます。


 夕日を背に、笑います。


 しかしその映像は乱れて、トトリ一羽だけになります。


『けど、……蒼』


 彼女は、寂しそうに呟きます。


『君は、忘れてしまったんだね』


 何かが壊れる音がしました。びっくりして振り返ると、橙花ちゃんが青い光を空に向かって放っていました。光は夕日の幻影にヒビを入れ、バラバラに壊れてしまいました。


 後に残るのは、いつもと変わらない青空だけ。


 橙花ちゃんは冷たい目で空を睨みます。


「みんな、気にしなくてもいいよ。魔王トトリが妙な魔法を使っただけだから。いこう」


 吉人君が、「けど、どうしてこんな魔法をかけたのですか」と尋ねても、「それにしても綺麗な夕日でしたね」と咲音ちゃんが笑顔を浮かべても、橙花ちゃんの態度はやけにそっけなくなってしまいました。


「……」


 他の子に気づかれないように、橙花ちゃんの肩をちょいちょいと叩きます。


「ねえ、とう……あ、蒼ちゃん」

「っ!」


 橙花ちゃんはびっくりして振り返ります。


「りゅ、劉生君!? ……もしかして、違うの?!」

「え? いや、僕は僕だよ。なんかさ、……蒼ちゃんって呼んだ方がいいのかなって思って」

「……もしかして、あの風景以外にトトリに何か見せられたの?」

「あれ? とうか……じゃなくて、蒼ちゃんは見てないの?」

「ボクどころか、リンちゃんや吉人君たちも見てないと思う。……また君だけに見せたんだろうね。全く、何を考えているのやら」


 ぶつぶつと文句を言いつつ、橙花ちゃんは何とも微妙そうに劉生君を見ます。


「……劉生君の気持ちはすごく嬉しいし、本当のところは蒼って呼んでほしいけど、暫くは橙花でいいよ」


 橙花ちゃんは小さい声で呟きます。「そうじゃないと、あいつとの見分けがつきにくくて心臓に悪いからね」


 劉生君は少しだけ悩みますが、橙花ちゃんが許してくれるならとあっさり切り替えます。


「それじゃあ、橙花ちゃんって呼ぶね。橙花ちゃん!」

「うん。それでいいよ」

「えへへ、橙花ちゃん、橙花ちゃん、橙花ちゃん!」

「……あんまり呼ばないでほしいけどね……」

「だって、僕は橙花ちゃんの名前大好きなんだもん!」

「……ボクは嫌いだけどね」

「僕は好き!」

「……」


 橙花ちゃんは小さくため息をつきます。


「劉生君って、たまに強引だよね……」

「へへ、そう?」

「ほめてないからね」


 それでも、橙花ちゃんは優しく微笑みます。


 記憶の中で、トトリに見せていた、柔らかな笑みでした。


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