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ほうかごヒーロー!~五時までの、異世界英雄伝~  作者: カメメ
4章 音楽の大樹、トリドリツリー!―どんな思い出も、大切だから―
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27 橙花ちゃん激闘中! 一方そのころ、劉生君は……?

 かたい床の感触に、劉生君は目を覚まします。


「んー? ここ、どこだろう」

 

 辺りには、雑多に放り出されたよく分からない物ばかり。


 それ以外は空も床も真っ黒です。


「変なとこ……」

『人の内部なんて、そんなものだ』

「わあ!?」


 誰か知らない人の声が聞こえました。


「だ、誰……?」

『トリドリツリーの王、トトリだ』

「トトリ?」

『覚えてないだろうね。ウチが全て忘れさせたんだから。今の君には、自分の名前さえも覚えてない』

「いやいやそんな。自分の名前を忘れるなんて。……あれ!? ホントだ!? 思い出せない!?』


 どうやら劉生君は自分の名前すら忘れてしまったようです。ひょんなことでパニックになる劉生君が、ここでビビりちらすのは当たり前のことでした。


『ここはどこ!? 君は誰? 僕は誰!!??」


 ギャーギャー騒ぎながら、くるくると辺りをうろつきます。しばらくは見守っていましたが、ついにはめんどくさそうに翼ではたきます。


『うるさい。黙れ』

「ひい! ごめんなさい!」


 魔王トトリはうっとおしげにため息をつきます。


『……はあ。いい? お前の名前は赤野劉生。お前のやることはここに散らばる物を、ひとつ残らず、そこの引き出しにいれるの』


 いつの間にか、黒い空間に大きな箪笥が現れました。


「……この中に、全部入れるの?」

『そう』

「……」


 どう考えても、一人でしまいきれる量ではありません。


「え? 手伝ってくれるよね?」


 劉生君は期待の眼差しを向けますが……。


『いや。手伝わない。ウチはもう行かなくちゃいけない』


 足の先から徐々に透明になっていくではありませんか!


「待って!? 行かないで!! これ一人じゃ片付けられないよ!!」

『バイバイ。今度会ったときは、敵同士だから。覚悟してね』

「敵でも味方でもいいから手伝ってよ!? ねえ!!」


 魔王トトリは問答無用で消えてしまいました。


「そ、そんな……! これ全部片付けるの!?」


 今の劉生君は覚えていませんが、彼は昔から部屋の片付けは苦手なのです。片付けをしているうちに懐かしの『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』のグッツを見つけて、掃除そっちのけで眺めてしまいます。


 ですので、いつもお母さんに手伝ってもらっています。それなのに、今回はなんと劉生君一人だけで、どうにかしないといけないのです。


「うう……」


 しょんぼりする劉生君ですが、このまま何もしないわけにはいきません。仕方なく、劉生君は重い腰をあげました。


「えっと、まずは……。このベルトかな。なんだろう。お父さんのベルトかな? それにしては派手だけど……」


 赤いごてごてしたベルトに触れます。すると、劉生君の頭に何かのイメージが浮かびました。


 ジーパンに半袖の青年が、ベルトを手に当てて決め台詞を叫びます。真っ赤な光に包まれると、彼は赤いヒーロースーツを身にまとっていました。


 彼は、かっこよくポーズをきめ、声を張り上げます。「私は勇気のヒーロー、ドラゴンレッド!! 悪を挫き、正義を貫く!」


「思い出した!」

 

 劉生君は嬉しそうにはしゃぎます。


「『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の変身ベルト! いやー、なんで忘れてたんだろ!」


 ウキウキでベルトを引き出しにしまいました。もう忘れることはありません。


「さてと、次は……これ!」


 劉生君が小さい頃に大切にしてたぬいぐるみ、お母さんに内緒でお父さんが買ってくれたトレーディングカード、スタンプラリーでゲットしたキーホルダーなどなど、次から次へと引き出しに入れます。


 劉生君はだんだん楽しくなってきました。


「よーし、それじゃあ次はこれ!」


 今度はチョークを手に取ると、思い出がよみがえってきました。


 記憶の中で、劉生君は黒板の前に立っていました。黒板には「呪文をとなえる」と書いています。劉生君は緊張しながら「となえる」の横に漢字を書きました。


 しかし、劉生君が漢字を書き終えると、先生は噴き出して笑います。間違えてしまったのです。

 

 他の子もどっと大笑い。


 記憶の中とはいえ、劉生君の顔が真っ赤にゆであがりました。


「うう、嫌なこと思い出しちゃったよ……」


 さっきまでのワクワク感はどこへやら、劉生君は落ち込んでしまいました。がっくりと肩を下ろしてチョークを引き出しに入れようとすると、声が聞こえてきました。


「なあ、劉生」

「わあ!? なに? 誰?」

「お前の後ろだ」


 振りかえると、劉生君は飛び上がりました。


「ぎゃあ! 化け物!」


 劉生君よりもずっと巨大な影が、そこで立っていました。


 そう、それはまさに影でした


 頭の先から足先にいたるまで、血のように赤黒い色で覆われています。唯一、顔の部分に目のようなものが冷酷な光を帯びています。


 やっぱり記憶がない劉生君は気づきませんでしたが、その影は、劉生君がミラクルランドに初めて来た時、エレベーターの鏡の向こうに見た影と同じものでした。


 化け物は、どこからか声を出します。


「お前は、その記憶を捨てたい。そうだろう?」

「う、うん。そうだけど……」

「ならば、捨ててしまえばいい」


 優しい声色で囁きます。


「嫌な記憶は捨ててしまえ。楽しい記憶にだけ浸っていればいい。そうすれば、お前は永遠に幸せでいられる。なあ、そうだろ?」

「う、うーん」


 劉生君は悩んでしまいます。


 劉生君は直感的に、こう理解していました。このチョークをそこの引き出しにしまわず、捨ててしまえば、みんなから笑われてしまった記憶を忘れることができる、と。


 できれば忘れてしまいたい、なかったことにしたいと考える劉生君にとって、化け物の誘いは甘美なものでした。


「さあ、捨ててしまえ」


 化け物は重ねて言います。


「……そう、だね」


 劉生君は頷くと、チョークを放り投げようと腕をあげました。そんな劉生君を見て、


 化け物は、薄く笑みを浮かべました。


〇〇〇

 

 丸太の上で橙花ちゃんと相対する魔神も、口元を緩めています。


「何がおかしい」


 橙花ちゃんは睨みをきかせます。


「いや? 小さな子供は間抜けで楽だな、と思ってな」

「……劉生君に何かしたのか」

 

 低く呻る橙花ちゃんの声色は、ひどく恐ろしいものでした。


 それでも魔神は畏れることもありません。卑屈っぽく笑みを浮かべるのみです。劉生君には似合わない、歪んだ笑顔でした。


 橙花ちゃんはひどく不愉快そうに吐き捨てます。


「魔神。さっさと劉生君から出ていけ。この子にお前はふさわしくない」

「ふさわしくない、ねえ」魔神は鼻で笑います。


「この体は俺の操り人形でしかない。人形がどんな造形だろうと俺には関係ない。だが、お前にとっては重要なようだな。……それなら、こうしよう」


 魔神は橙花ちゃんに『ドラゴンソード』を振り下ろします。橙花ちゃんは後ろに避けますが、なおも追撃してきます。


「だったら……!」


 魔神の足元を狙い、電気のボールを打ち込みます。


 どうせ弾かれるでしょうが、これで逃げる間を作ることが出来ます。


 そう思っての攻撃でしたが、魔神は予想外の動きをしてきました。なんと、電気のボールを避けず、剣で切ることもせず、突っ込んだのです。


「なっ!」


 驚く橙花ちゃんの目の前で、魔神は頬からたれる血をぺろりと舐めます。


「ふふっ、赤野劉生は可愛そうだな。友達にこんな傷を負わされるなんてな。可愛そう過ぎて、もっと血を出してしまいたくなる」


 魔神は傷口に爪を立てます。頬に赤黒い血が滴ります。


「貴様っ! その手を離せ!」


 血相を変えて、橙花ちゃんが杖を振ります。


「おっとっと」


 魔神はひょいと避けます。


「さてはて、どうしようか。お前が抵抗を止めて俺に殺されてくれるのなら、考えてやらんでもない」

「ふざけるなっ!」


 角の光がこれまで以上に青く光ります。側にいるだけで刺すような威圧感が魔神を襲います。魔神は眉をひそめて橙花ちゃんの角を睨みつけます。


「……どうにもその光は不愉快だな。つぶしてやろう」


 言うや否や、魔神の姿はふっと消えていました。


「なっ! どこに、」

「後ろだよ」

 

 橙花ちゃんが振り返る前に、彼女の背中を斜めに切り付けました。


「っ! ……この!」

「次は、こうかな」


 今度は前に回り込み、腹を蹴り飛ばします。


「があっ!」

「それで、こう!」


 態勢を崩したところを狙い、かかと落としを食らわせます。


 立て続けの攻撃に、橙花ちゃんは痛みで頭がくらくらして膝をついてしまいます。魔神は首を傾げて、じっと橙花ちゃんを見下ろします。


「……なんだ。こんなに弱いのか。こんな小娘相手にどいつもこいつも怯えてたのか。魔王ってのも随分情けないな」


 剣の先を橙花ちゃんの首に当てます。


「これでお前はミラクルランドで死を迎えることになるわけだが、どうだ? どんな気持ちだ?」

「……ボクはどうなっても構わない。劉生君を解放しろ」


 剣が少しだけ当たっているのでしょうか。たらりと血が流れます。一瞬体をこわばらせますが、それでも橙花ちゃんは劉生君を気遣います。


「……素晴らしい自己犠牲精神だな」


 魔神は赤い目を細めます。笑ってみるようにも、怒っているようにも、……悲しんでいるようにも見えます。


「さようなら、蒼。永遠に」


 そして彼は、


 懐に手をいれました。

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