25 願いの力! 橙花ちゃんの強さ!
『みんな、止め』
トトリの指示に、みんなの攻撃がピタリと止みます。魔王はゆっくり、ゆっくりと橙花ちゃんのすぐそばまで近づいてきます。
『実はね、他の王たちの間で、君を捕らえた後どうするか意見が分かれていたんだ』
お菓子の国の王リオンは、彼女の死を要求しました。
地底の国王は、他の子よりも強い魔力を持つ彼女を、何らかの実験体に使おうと提案。
コロシアムの王は、彼女を永遠と闘わせようと提案しました。
一方で、遊園地の王ギョエイは、過激な王たちに大反対し、彼女を単に捕らえるだけにすべきと声高に主張しました。
『ウチはね、どちらかというとギョエイに賛成かな。君に危害を加えたくはない。だけど、そのまま何もせずに放置はできない。だからね、ウチは蒼の記憶を奪うよ。書き換える。そしたら、蒼も抵抗できないからね』
灰色の羽を彼女にかざします。
『今までは蒼の力が強すぎて記憶をいじれなかったけど、ここまで弱らせたら出来そうだね。それじゃあ、いくよ?』
「……」
橙花ちゃんは下の階に待たせている聖菜ちゃんのことを、ムラで待っている友之助君やみおちゃんのことを、リンちゃんや吉人君、咲音ちゃんやみつる君、そして劉生君のことを思います。
今、自分がやられたら、みんなが魔王のなすがままになってしまいます。
そしたら、みんなはどうなる?
記憶を奪われ、かりそめの記憶を刷り込まれてしまい、魔王の手のうちにおさまってしまうことでしょう。
もしかしたら、橙花ちゃんが想定する最悪な結果に至る可能性すらあります。
「……」
自分が力を得たのは、子供たちを守るためでした。
せめてミラクルランドの子供だけは、橙花ちゃんの目の前で苦しむ子どもだけは、救いたい。救い続けたい。
それだけが、彼女の願いでした。
その願いを壊されるのは、
絶対に。
許さない。
許しては、いけない。
トリドリツリーからはるかに離れた、ムラにて、時計塔が青く美しく輝きました。それに呼応するように、橙花ちゃんの右角が青く美しく輝きました。
力はどんどんと膨れ上がります。
『っ!』
魔王が動く前に、橙花ちゃんの力が爆発しました。空に投げ出されそうになりましたが、魔法を使ってギリギリ耐え抜きます。
しかし、態勢を整えるまもなく、橙花ちゃんが杖を振ります。
「時よ、<ススメ>っ!」
ものすごい勢いの風がトトリに襲い掛かります。目も開けられなければ、翼さえも広げられません。身動きが取れぬまま、橙花ちゃんが突っ込んできます。
「時よ、<モドレ>っ!」
どこからともなく、電撃が走ります。さきほどリンちゃんが使った魔法を呼び出し、ぶつけます。
こちらも魔法ではじきますが、威力がどうにも強く、防ぎきれませんでした。
『……なに、この力は……!』
橙花ちゃんの技、<モドレ>は、その場にあるものを元に戻すことしかできないはずです。しかし彼女は過去にあったものを呼び出したのです。
<ススメ>も、ここまで強力なものではないはずです。それに、子供たちは気絶させるだけで手加減をし、トトリにだけはこれほどの威力の魔法をぶつけてきたのです。
いつもの彼女の力では、ここまで器用なことはできないはずです。
橙花ちゃんはゆっくりと、足を進めます。
傷だらけの体は、動くことさえもままならず、普通なら気絶してしまっていることでしょう。
ですが、彼女は動いていました。
いえ、動いていない。動かされているようでした。
右側だけに輝く角は病的なまでに美しく、瞳も真っ青に光り輝いていました。
「さあ。なんだろうね。でもそうだな」
橙花ちゃんは、笑います。
狂ったように、
いとおしそうに、
猟奇的に。
「……ああ」
彼女は、笑います。
「最高に、気分が悪い」
あまりにも強大な願いに、あまりにも強大な魔力に、橙花ちゃんは理性を失っていました
。
今の彼女は、蒼井橙花の願いを叶えるだけの操り人形となり果てていました。
『……このままでは、あの子が壊れてしまう』
トトリは低く呟きます。
自分がやられるのは最早どうでもいいことです。どうせ自分はミラクルランドの住民。多少時間がたてば、どこからともなく復活する存在です。
しかし、彼女はたった一人だけです。命を失えば、どうなってしまうか分かりません。
だからといって、今の彼女を倒すことはできません。
彼女と立ち向かえるのは、たった一人だけ。
『本当は使いたくなかったが、仕方ない』
トトリは劉生君のそばにいくと、魔法をかけます。
『動け、子供。君の力なら蒼を止められる』
ゆらりと、劉生君が立ち上がります。
技を出そうとした橙花ちゃんも、これには動きを止めます。
『よし、操れたか。さあ行け!』
劉生君は『ドラゴンソード』を握りしめると、
魔王トトリに向かって、突き刺しました。
『……え?』
トトリは真っ赤な血をしたたらせ、地面に倒れます。
彼は、高笑いします。
「ああ、すまなかった。あまりに煩くて切り捨ててしまった。だがまあ、安心しろ。お前の目的は俺が成し遂げてやろう」
さすがのこの異常事態に、橙花ちゃんは理性を取り戻しました。
「……劉生、君……? ……いや、違うな」
橙花ちゃんはソレを睨みつけます。
「……お前は誰だ」
「さて、誰だろうか。赤野劉生に乗り移った悪霊か、それとも赤野劉生の悪意が生みだした化け物か。蒼はどっちがいい? どっちの方がお前を傷つけられる?」
赤い瞳は爛々と輝き、口元は愉悦そうに歪みます。
どうみても、劉生君とは別の存在でした。
「……質問に答えろ。お前は何者だ」
「そうだなあ。魔王連中は、諸刃ノ君、赤ノ君って呼んでた気がするな。別の言い方をすれば、」
それは、にんまりと笑います。
「魔神、かな?」