23 思いを歌に! 楽しい思いも、つらい思いも、大事な思い!
劉生君たちは記憶の幹から出ると、三羽烏のもとに戻ります。ウグイスは羽繕いをしましたが、劉生君たちの姿を見ると意外そうに羽ばたきました。
『早いな。もしかして、歌を諦めてオレと戦うつもりか? それだったら手加減はしない』
にやりと嫌味な笑みを浮かべて、ぴょんぴょんと飛びます。向こうはやる気満々ですが、誰も彼も武器を持っていません。
『? なんだ、戦わないのか』
不審がるウグイスの方に、咲音ちゃんが近づきます。
「わたくしが、歌を歌います」
『ほう。なるほど。お前の歌ねえ』
小ばかにするように、ぴいと鳴きます。
それでも咲音ちゃんは諦めず、退くこともしません。大きく息を吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせます。
そして、彼女は口を開きました。
歌には、たくさんの楽しい思いと、たくさんの悲しい思い、たくさんの嬉しい思いに、たくさんの苦しい思いが込められていました。
聞いているだけで心が揺れ動き、劉生君の瞳から涙がほろりと零れ落ちます。
歌が終わると、劉生君たちは自然と拍手します。
「すごい! いい歌だったよ! さすが咲音ちゃん!!」
「わたくしのおかげではありません。ピーちゃんと、背中を押してくれた劉生さんのおかげです」
二人はきゃっきゃとはしゃぎます。ところが、ウグイスはピクリとも動きません。もしかして不合格でしょうか。劉生君と咲音ちゃんは喜び合うのをやめ、不安そうにウグイスを見つめます。
「あの、ウグイスさん」咲音ちゃんはおそるおそる尋ねます。「ダメ、でしたか」
『……』
ウグイスはまだ黙っています。
リンちゃんは腕まくりして、ウグイスをにらみます。
「サッちゃんの歌でどかないってなら、さすがに許さないわよ」
吉人君も杖を構えます。
「あんなに感動的な歌を耳にして、心を動かさないとは。僕らが責任をとって成敗しましょう」
武器を向けられるも、ウグイスは悩んでいるかのように押し黙っています。
しばらくすると顔をあげ、つぶらな瞳で咲音ちゃんを見上げます。
『……オレはな、歌そのものに心がこもる歌を聞きたかったんだ。お前の歌は違う。違う思いが込められている』
「うっ……」
咲音ちゃんは言葉をつまらせます。言い訳はできません。
けれど、ウグイスはこちらを批判するつもりはありませんでした。
『だが、……この歌は、お前しか奏でられない歌だった。歌そのものへの思いは足りないが、それを上回るほどの感情を感じた。端的に言おう』
ウグイスはふんっと鼻を鳴らす。
『いい曲だった』
それだけ言い放つと、ウグイスは飛び立っていきました。
「ま、まさか、」
咲音ちゃんは歓声をあげます。
「ウグイスさんに認めていただけたんですか!?」
橙花ちゃんはにっこりと微笑み、頷きます。
「ああ、よかった! やりましたよ劉生さん!!」
「さすが咲音ちゃんだね!」
二人は手をとりあって、くるくる回ります。リンちゃんや吉人君も優しいまなざしで二人を見守ります。みつる君なんかは「よかったねえ、咲音っち!」と号泣してしまっています。
「……咲音ちゃん」
聖菜ちゃんが、ぎゅっと咲音ちゃんの手を握りしめます。
「……私ね、忘れたい過去、たくさんある。……別れがつらいなら、出会わなきゃよかったって、ずっと思ってた。……だけど、咲音ちゃんの歌を聞いて、気持ち変わった」
聖菜ちゃんは優しく微笑みます。
「……私、蒼ちゃんのことだけ思い出せばいいと思った。嫌な思い出は全部忘れてしまえばいいと思ってた。でも、違うんだね。……嫌な思い出の裏側に、楽しい思い出もあるもんね」
転校先の子供たちは、みんな聖菜ちゃんに優しく接してくれました。
ある学校の友達とは、難しい国語の問題を一緒に解きました。
ある学校の友達とは、大縄跳びを一生懸命練習して、運動会で優勝を勝ち取りました。
またある学校の友達は、聖菜ちゃんのためにクッキーを焼いてくれました。
たとえそのあと出会えなくなってしまっても、連絡が途切れてしまっても、その思い出たちは、かけがえのない大切な記憶でした。
「だから、……心の底から、忘れた記憶を思い出したいって、忘れなかった記憶を大切にしたいって、そう思った。……ありがとう」
「……聖菜さん……」
二人はぎゅっと抱き合います。
二人の瞳からは、ぽろぽろと涙があふれています。
悲しいから泣いているわけではありません。嬉しいから、泣いているのです。
からんころん、と鐘の音がなりました。それはまるで二人の気づきに祝福しているかのような、二人を慰めているかのような、清らかな音でした。
〇〇〇
三羽烏最後の一羽、ウグイスは約束を守るタイプの子でした。咲音ちゃんやみつる君が落ちつくまで少し時間が掛りましたが、戻ってくる気配はありません。
橙花ちゃんは警戒をゆるめ、みんなを見渡します。
「さあ、ここから上は魔王トトリのいるエリアだけど……」
橙花ちゃんは気まずそうに聖菜ちゃんを診ました。
「あの、聖菜ちゃん……。その、」
「……大丈夫だよ」
聖菜ちゃんは髪を耳にかけて、ふんわりと微笑みます。
「……私、ここに残る。……みんなに、迷惑かけちゃうから」
「ごめんね、聖菜ちゃん」
「……ううん。でも、約束して。……無事に戻って来るって」
「もちろんだよ」
聖菜ちゃんは手を振り、みんなを見送ってくれました。
劉生君たちは名残惜しそうにしながらも、虹の階段を登ります。
ドレミ
ファソ
ラシド
階段をのぼります。
ドレミ
ファソラ
シド
「……?」
劉生君は足を止めました。
ある違和感を覚えたのです。
体の中から大切な何かがするすると抜け出しているような感覚がしたのです。それも、のぼっていけばのぼっていくほど、違和感は強くなっています。
他の子たちはそんな思いもないのか、ずんずん先に進んでいきます。
「ね、ねえ、みんな。ちょっと」
呼び止めないと。
劉生君が慌ててとめようとします。しかし、リンちゃんたちの背中を叩こうとした次の瞬間、
劉生君の意識が、プツリと途切れました。