21 咲音ちゃんの過去! 記憶の幹にて、歌を聞く
聖菜ちゃんが「劉生君と橙花ちゃんなら、記憶の幹にたどりつける」と話していた通り、橙花ちゃんと劉生君が先頭を切って進んでいると、見覚えのある木の洞がありました。
「本当にみつかった」
劉生君はほっとします。けれど、見つからない方がよかったかもな、とも思ってしまいました。
複雑な気持ちのまま、劉生君は木の洞をくぐります。下の層のように真っ黒な通路を抜けると、これまた下の層のような幻想的な光景が広がっていました。
この場で何らかの魔術を使うと、記憶を操作できるのです。
咲音ちゃんは橙花ちゃんに向き合います。
「では、お願いしてもいいですか」
「……やっぱり、ボクは反対だよ」
橙花ちゃんは乗り気ではなさそうです。けれど、咲音ちゃんも強気です。
「大丈夫ですよ。少しだけ。ほんの少しだけ嫌な思い出を閉じ込めるだけですから」
劉生君は不安そうに橙花ちゃんと咲音ちゃんを見比べます。このまま歌を歌えなくて、トリドリツリーからぽいっと捨てられるのも怖いですが、だからといって咲音ちゃんの記憶を奪ってもいいのかと、悩んでいました。
反対だと、言ってしまおうか。でも……。
劉生君がためらているうちに、橙花ちゃんが口を開きました。
「……本当にいいの?」
「ええ」
咲音ちゃんの決意が固いとみて、都岡ちゃんはため息をつきます。
「……分かった。目をつぶってね」
橙花ちゃんが杖を振りました。
「待って!」
劉生君が飛びつきました。
咲音ちゃんの記憶を変えたくない。そんな思いが劉生君を突き動かしました。ですが、タイミングが悪かった、非常に悪かったのです。
橙花ちゃんは杖に魔力をこめ、今まさに力を発動しようとしていたのです。全く警戒していなかった劉生君のアタックに、橙花ちゃんはよろめき、想定していた魔法を出すことができませんでした。
「っ!」
危なくないように魔法を変化しましたが、咲音ちゃんに命中してしまいました。それだけではありません。咲音ちゃんに当たった魔法は閃光を伴って輝き、劉生君たちの視界を奪いました。
〇〇〇
まばゆい光は次第に弱まり、収まってくれました。
目を閉じていた劉生君は、違和感に気づきました。
先程いた記憶の幹は、だだ広く静寂な場所でした。そのせいでしょうか、リンちゃんたちといるのに、まるでひとりぼっちでいるかのような、どことない冷たさがありました。
しかし、今いる場所は違います。
車や人の声も聞こえますし、暖かさがあります。
劉生君は、おそるおそる目を開きます。
劉生君は、誰かの部屋の中にいました。女の子の部屋のようです。
かわいらしい動物のぬいぐるみがベットの上に寝っ転がり、学習机には、ガチャガチャの中に入っている動物のフィギュアたちが飾られています。
机の隣には、小さな鳥かごがあります。
覗いてみると、小鳥が一羽入っていました。
白い羽毛はふわふわで、嘴は可愛らしい桜色をしています。
「へえ、可愛いなあ」
劉生君がのぞきこむと、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「ピーちゃん」
小さな鳥、ピーちゃんは目を輝かせて咲音ちゃんを見つめます。
嬉しそうに鳴く小鳥に、咲音ちゃんは優しく微笑みます。見ているこっちがふわふわとした、楽しい気持ちになれる表情です。
ピーちゃんが、ぴいぴい、と鳴きます。
咲音ちゃんは笑って頷きます。
「うん。わかったよ。歌ってあげるね」
咲音ちゃんは髪の毛を整えて、きれいな服を軽く手で撫でて、歌い始めました。
とてもきれいな、楽しそうな歌声でした。
どこかで聞いたことがあるような曲でしたが、思い出すよりも目をつぶって、聞き入りました。
いつでも聞いていられますし、いつでも聞いていたいと、そう思いました。
けれど、優しくて穏やかな風景は、ろうそくの火が消えるように、ふっとなくなりました。
驚いて目を開けると、そこは記憶の幹に戻っていました。
劉生君は周りを見渡します。他の子供たちも、さっきの光景を見たのでしょう。びっくりと戸惑いが混ざったような表情をうかべていました。
ただ一人、咲音ちゃんを除いて。
「あっ、……咲音ちゃん……」
咲音ちゃんの瞳から、ぽろり、と滴がこぼれ落ちます。
「今のは……」
「ごめん、咲音ちゃん!本当にごめん!」
橙花ちゃんは頭が地面につく勢いで頭を下げます。
「攻撃魔法にならないようにあわてて変えたせいで、妙な魔法に変わっちゃったみたい。ごめん。本当にごめん!」
「……いえ、蒼さんは悪くありません」
頑張って否定しますが、じわじわと涙は溢れ、目元は真っ赤になってしまっています。
ついには「少し一人にさせてください」といって、駆け出してしまいました。
「咲音ちゃん!待って!」
追いかけようとする橙花ちゃんを、聖奈ちゃんが制止します。
「……ここ、あまり広くない。だから、迷子にはならない。敵もこないから、安全」
一人にしてあげてほしいと、目で訴えます。
「……」
橙花ちゃんは迷うように咲音ちゃんがいなくなった方を見ますが、結局、追いかけるのを止めました。
一方のリンちゃんと吉人君は、キョトンとしてその場に立ち尽くしています。
「ちょっと待って。なにがどうなってるの?」
「さっきの映像のようなものは何だったんですか?それに、どうして鳥谷さんはあそこまで取り乱しているんですか」
矢継ぎ早の質問に口を開いたのは、みつる君でした。
「……あの鳥、咲音っちが飼っていた文鳥なんだ」
みつる君は、みんなに教えてくれました。
「咲音っちの家はね、たくさん動物を飼っているんだ。犬や猫もいるし、鳥もいる。ハムスターもいるし、蛇とか金魚とかも飼っているんだ」
咲音ちゃんは優しい子ですので、家にいるすべての動物に愛情をこめて育てていました。
ですが、特別可愛がっていた子が一羽だけいました。
それが、ピーちゃんです。
咲音ちゃんが他の動物を病院に連れていったとき、『里親募集』と書かれたポスターが貼ってある鳥かごを見つけました。
鳥かごにいたのが、文鳥のピーちゃんでした。
「ピーちゃんは本当にいい子だったんだ。俺もよく撫でさせてもらったなあ」
みつる君は懐かしそうに口元を緩めます。
「……でもね」一転、表情が曇ります。「……ほんの数か月前にね、天国に行っちゃったんだ」
みつる君は悲しげに唇を噛みます。
「多分咲音っちは、楽しかった思い出を見ちゃったんだ。……だから、あんなに苦しそうにしてたんだと思う」
リンちゃんと吉人君は神妙に頷きます。
「……そっか」「教えてくれてありがとうございます」
「ううん。いいんだよ。本当につらいのは、咲音っちなんだから」
咲音ちゃんの心境を思い、みつる君はうつむいてしまいしました。
「……」
劉生君もうつむきます。傷心な咲音ちゃんを思って、そして自分のしでかしたことを恥じてのことです。
それもそうでしょう。劉生君がアタックしなければ、橙花ちゃんの魔法が失敗して、ピーちゃんの思い出を見てしまうことはなかったのですから。
「……」
謝りたい。咲音ちゃんにごめんなさいしなくては。
劉生君はみんなから離れ、咲音ちゃんを探しに駆け出しました。