10 時計塔の守り! うっかり防犯ブザー鳴らしたときの気まずさ!
なんだか美味しそうな香りがします。体を起こして匂いの元をたどると、テーブルの上にごちそうがたんまりと並んでありました。
「わあ! すごい!」
劉生君は感動のため息をついて、横断幕を見上げました。そこには、先ほどの通りの文字が記してあります。
「もしかして、この料理って僕たちのために用意してくれたの?」
こんな立派なパーティーを開いてくれるなんて、劉生君は感無量です。あまりに感無量すぎて、リンちゃんと吉人君のいじわるをすっかり忘れるくらい感無量でした。
……ですけど、子供たちに接待をして疲れ果てた記憶は消えませんでした。子どもたちの誰かがふと劉生君の方を向くと、慌てて草陰に隠れてしまいました。
「いま見つかって、またなんか頼まれるのは嫌だなあ……。ヒーローも大変だ……」
そんな大変なヒーロー業をずっとやっている蒼井陽さんは素晴らしい人だなあ、と、劉生君は尊敬の気持ちをますます深めました。
ですが、彼は残念なことに蒼井陽ではありません。周りの注目からちょっと抜け出したくなりました。
人がいないところを探して歩き回ると、ムラのシンボル、時計台の方に近づきました。
「それにしても、大きいよねえ」
雲に乗っているときもそう思いましたが、地表から見るとより一層大きさが際立ちます。
まるで天まで伸びているようです。
太さだってすごいです。今このムラにいる子供たちは二十人くらいですが、全員が手をつないで囲んでようやく一周できるくらいあります。
材質もちょっと変わったものを使っているのでしょう。時計台の柱はほんのりと青く光っています。綺麗でなんだか涼しげです。
もしかして触ってみたらひんやりして気持ち良いかもしれません。実際はどうなのでしょう? 劉生君は気になりました。
ですので、彼は手を伸ばして時計台に触れてみました。
その途端、耳をつんざくアラーム音が鳴り響きました。
「わあ!? な、な、な、なに!?!?」
焦る劉生君。一刻も早くムラに戻ろうとしたときです。
誰かに首根っこをつかまれました。
そして、
「へ? う、うわあああ!!??」
そのまま宙に飛ばされたのです。
地面に叩きつけられる劉生君。全身にじわじわ痛みが広がります。
痛みに悶えていると、目の前に何かが突き立てられました。
「ひ、ひいっ」
それはナイフです。
刃は青白く光り、禍々しい雰囲気をはなっています。
劉生君は固まって、恐る恐るナイフを向ける相手を見上げました。
「……え?」
そこにいたのは、右側に青く光る角を持つ女の子です。
そんな特徴のある子は、劉生君の知る限り一人しかいません。
「あ、蒼ちゃん?」
「……あれ? 劉生君?」
蒼ちゃんは戸惑います。
「え? おかしいな。魔物の反応がしたはずなのに……」
「魔物!? え!? ど、どこに……。ま、まさかみんなが!?」
劉生君は起き上がると、慌ててムラの方に行きました。蒼ちゃんも劉生君の後を追います。
「みんな! 大丈夫!?」
蒼ちゃんが呼びかけると、子どもたちはいっせいに彼女たちの方を見ました。みんなの無事を確認すると、今度はムラの外を鋭い目つきで見渡します。ですが、劉生君を襲ったあの魔物のような姿はありません。
ひとまず蒼ちゃんは肩を下します。
「よかった。来ていないみたいだ。多分誤報か何かだと思う」
彼女はポカンとする吉人君とリンちゃんに気づき、説明をしてくれます。
「あれは魔物がムラに侵入したときに鳴るアラームだよ。ムラに近ければ近いほど音が大きくなるんだ。あんな大きい音だとそれこそムラの中心部、あの時計台近くに出てきたのかな? って思ったけど……。違ったみたいだ。ごめんね、驚かせちゃって」
最後の言葉は他の子どもたちにも伝えようとしたのでしょう。
しかし、一度壊された楽しい空気はそう簡単に戻りません。子どもたちは戸惑いと恐怖で怯えて縮こまっています。歓迎会の準備中に警報が鳴って驚いたせいでしょう。横断幕もびりびりに裂けてしまい、一部がテーブルの上に落ちてしまっています。
蒼ちゃんは横断幕と、御馳走が並ぶテーブルをみます。
「もしかして、お祝いをしようとしてくれていたの?」
女の子が頷きます。
「蒼ちゃんが戻ってきてくれたお祝いと、新しい子の歓迎をしようと思ってたの」
「そっか。ありがとうね、みんな」
蒼ちゃんは女の子の頭を撫でると、持っていたナイフを杖に変化させました。
「それなら、盛大にお祝いしないとね。まずは元に戻してっと」
彼女が杖を振ると、時間が巻き戻るように横断幕が戻っていきます。地面に落ちた料理は光の粉となり、少なくなった料理がたちまち元の量に戻りました。
「それと、お祝いといったら花火だよね。まずは太陽を隠そうか」
今度は空に向かって杖をふると黒い雲が空を覆い、夜のような暗さになりました。
「ほいっ!」
軽快な音と共に、屋台がいくつか現れました。商品をみると、線香花火からヘビ花火、打ち上げ花火などなど、たくさんの花火がいっぱいに並んでいます。
「試しに一発。えいっ」
筒状の花火に火をつけると、パンッと破裂音とともに、曇天の空に綺麗な花を咲かせます。
子供たちは目を輝かせてキャッキャとはしゃぎます。
「わあ、綺麗!」「花火だ!」「すげえ!」「俺、この花火やる!」「僕も!」「僕はこれ!」
さっきまでの沈んでいた空気はなくなりました。子どもたちは屋台に殺到して、各々楽しそうに花火を点火させます。
劉生君も是非とも花火をやりたくなりました。わくわくしながら屋台に行こうとしましたが、蒼ちゃんにそっと服をつままれました。
「劉生君、今のうちにこの世界のことを説明するね」