18 二層ファソ、突破……? 咲音ちゃんのメロディー!
さすが小さい頃からピアノを習っていただけあります。音楽の先生ばりに上手です。音も外れず、リズムも正しく刻まれています。
ミス一つもせず、咲音ちゃんは弾き終わりました。
パチパチと劉生君たちは拍手します。橙花ちゃんだって笑顔で拍手しています。
「すごい上手だね」
「ふふっ、ありがとうございます」
「これなら、あのハシビロコウもどいてくれるに違いないよ」
橙花ちゃんをはじめ、他の子たちもハシビロコウに注目します。
ですが……。
『……』
ハシビロコウはピクリとも動きません。
どれだけ待っても、動きません。時計の秒針が一周するほど待機していましたが、やっぱり動きません。
劉生君はあれれ?と首を傾げます。
「咲音ちゃんの演奏を聞いてなかったのかな?」
「……いえ、聞いていたと思いますよ。多分、わたくしの演奏がいまいちだったんでしょうね……」
「ええ!? そんなことないよ! すごく上手だったよ!」
「……ですけど、動いてくれませんし……」
「……そうだけど……」
咲音ちゃん、しょんぼりして、落ち込んでしまいました。
「ううっ、なんだか恥ずかしいです……。うまくいくと思ったんですけど……」
よっぽどショックだったのでしょう。隅っこの方で体育座りをしています。のほほんとしている咲音ちゃんらしくもない沈み様です。
「大丈夫だって! サッちゃん! すごくうまかったもん!」
みんなの姉貴分、リンちゃんが慰めにかかります。「あのハシビロコウの感覚がおかしかっただけだって!!」
「そうですそうです」
みんなの知恵袋、吉人君も加勢します。「もしかしたら、僕たちみたいな子供では認めないだけかもしれませんよ」
「なら、僕が歌ってみる!」
みんなの空気を破壊するマン、劉生君が元気よく前に出ます。リンちゃんや吉人君、みつる君が「なぜに!?」とびっくりして顔を合わせる中、劉生君は元気よく歌い始めました。
「ああ 僕らの ヒーロー ドラゴンファイブ
どんな攻撃も ウロコで はじく
女の子には 優しいよ
ああ 僕らの ヒーロー めちゃつよ ヒーロー
世界の平和は 勇気で救う
勇気がある限り 彼らは 戦う
勇気ヒーロー ドラゴンファイブ」
たいへん調子っぱずれた、けれどとっても元気な歌です。歌い終わると、劉生君は「どうだ!」と胸を張ります。リンちゃんはあきれたように肩をすくめます。
「いやー。原曲よく分からないけど、音めっちゃ外れてる気がするわよ」
「ですよですよ」
「えー! そんな……」
劉生君はしょんぼりしました。
ところが……。
『……』
なんと、ハシビロコウはゆっくりと立ち上がると、横にどうたのです。
「ええ!?」「な、なぜですか!?」
リンちゃん吉人君はびっくりします。みつるくんも 口には出しませんが、びっくりしています。
なんなら劉生君本人もびっくり仰天しています。
「ええ!? これでいいの!? 絶対僕の歌より咲音ちゃんのピアノの方が上手だよ! ねえ、咲音ちゃん!」
「……わ、わたくしは……」
咲音ちゃんはうろたえ、ショックを受けています。劉生君の歌も元気がよくて素晴らしいとは思っていましたが、咲音ちゃんもそれなりに自信があったのです。
けれども、ハシビロコウが認めたのは、劉生君の歌で、咲音ちゃんのピアノではありませんでした。
困惑する子供たちをまとめあげるのは、やっぱり橙花ちゃんです。
咲音ちゃんを気遣いながらも、現実的なアドバイスをします。
「とにかく、先に進もっか。あの鳥のことはそんな気にすることないよ」
「……はい」
そう返事はしましたが、咲音ちゃんは俯いてしまっていました。
〇〇〇
扉をくぐると、虹のピアノの階段がありました。劉生君たちは鍵盤を一段、また一段とのぼっていきます。
鍵盤に触れると、清らかな音色が響きます。心が洗われるような、綺麗な音ですが、やっぱりどこか沈んでいます。
「……」
聖菜ちゃんは不安そうにみんなを見渡しています。
劉生君もついつい口を閉ざして歩いていると、彼のポケットの中で鈴のような音がちりん、と鳴りました。
「あっ、」
リンちゃんにあげようとしていたお花を持っていたのを思い出しました。オレンジ、桃色、黄色のお花です。
三輪ともあげようとおもっていましたが、劉生君は桃色のお花を咲音ちゃんに渡します。
「ねえ、咲音ちゃん。これ、どうぞ」
桃色の輝きに、落ち込んでいた咲音ちゃんは目を瞬かせます。
「あら、綺麗ですね」
「うん。記憶の光が飛んでる場所で見つけたんだ」
「ふふ、ありがとうございます」
まだ沈んでいるようですが、ほんの少し元気になってくれました。劉生君はほっとします。
あと残っているのは二本。黄色の花と桃色の花です。二本ともリンちゃんにあげるのも悪くはありませんが、ここで劉生君の頭に、吉人君がむかしむかし話していた、橙花ちゃんの名前の意味を思い出します。
確か、橙花ちゃんの名前はオレンジの花という意味だったはずです。
だったら、オレンジの花は橙花ちゃんにあげることにしましょう。リンちゃんは黄色が好きですし、黄色のお花をあげましょう。
善は急げとばかりに、劉生君は右手にお花をもち、リンちゃんに声をかけました。
「ねえ、リンちゃん!」
ドレミ
ファソ
ラシド
階段を登りきると、劉生君たちの視界が真っ白になりました。瞬きをして、眼をこすると、違う光景が目の前に広がります。
壁がない、開放的な場所でした。大分高いところまで来ているからでしょうか。手を伸ばせば届きそうなほどに、白い雲が近くにあります。
木の葉の床はふわふわしていて、歩くたびにパリパリと音がします。枝には教会の鐘がつっており、からん、ころんと鳴っています。
まるで天国のようです。
聖愛ちゃんは感嘆のため息をつきます。
「すごくきれいな場所……」
「ほんとね!」リンちゃんも目をキラキラさせています。「ここでピクニックしたいわ。ねえ、リューリュー!」
「そうだね! この葉っぱきもちよさそうだもんね」
劉生君は右手で葉っぱを触ろうとします。ですが、右手はもうふさがっています。右手には、黄色の花が持っていました。
「……あれ? ねえリンちゃん。この黄色い花ってリンちゃんの?」
「え? 違うわよ。でも、綺麗な花ねえ」
「……あげる」
「いいの? ありがとう!」
リンちゃんは喜んでいます。しかし、劉生君は首を傾げて、リンちゃんの花を見つめます。
あの花は、一体なんでしょうか。
いつの間に彼の手のうちにおさまっていたのでしょう。
さらに、ポケットを探ってみると、もう一輪花がありました。オレンジの花です。
「……あれ、またあった。なんだろう?」
劉生君は不思議そうに首をかしげ、ポケットの中に戻しておきました。