17 VS……? 上に行く方法ってなんですか?
ギターやヴァイオリンが並ぶ壁や、トランペット、ラッパが並ぶ壁、フルートやクラリネットが並ぶ壁。
綺麗で大人っぽい楽器を時折手にとって試し弾きして回ります。
リンちゃんはカタツムリが煌びやかに進化したような、ホルンと呼ばれる楽器をふうふう吹いています。
音を出すのもやっとで、バテてしまいました。
「ふうふう。疲れる……。うまく吹けないー」
「コツがあるんですよ。貸してみてください」
咲音ちゃんは楽器に息を吹きかけます。すると、重厚感がある優しい音が響きます。
「すごい! 同じ楽器なのに、全然音が違う!」
「ホルンさんは難しいですからね。まずは腹式呼吸を意識してみてください」
「うん! 分かった!」
二人がきゃっきゃと楽器で遊んでいます。
遊びながら、楽器を吹きながら、リンちゃんは「そういえば」と橙花ちゃんに話しかけます。
「それでさ、蒼ちゃん。ここの三羽烏って、どんなやつなの? やっぱ強いの?」
「下の層のオオワシよりも強い……かな? 多分だけど」
「へえ。よく知らないの? もしかして、ここのフロアにはあまり来たことないの?」
「いや、しょっちゅう来てたけど、ここの三羽烏はあまり戦いが好きではないみたいでね、こっちが攻撃を仕掛けても反撃してこないんだ」
「なんだ。それなら楽勝じゃない」
リンちゃんはぶんぶん腕を振ります。
「あたしが一発で沈めてやるわ!」
「あー……。それが出来たらいいんだけど、一つ問題があるんだ」
「問題?」
「うん、実際に見ればすぐわかると思う」
橙花ちゃんは足を止めます。
外国の楽器が並ぶ廊下を右に曲がると、天まで届く大きな扉に突きあたりました。そこにいたのは、一羽の鳥です。
グレーの体に、肌色の嘴、石のような見た目にふさわしく、まったく動きません。目はぎょろりとしていて圧力がありますが、視線は劉生君たちの方を向いていません。なんならどこも向いていません。虚空を見ています。
「……なにこの鳥。やる気があるんだかないんだか分からないわ。サッちゃんサッちゃん。この鳥なんて鳥か知ってる?」
「ええ! 最近知名度がぐんぐん急上昇中、ハシビロコウさんですよ!」
「へー。なんかすごい鳥なの? 飛ぶのが早いとか、食べるのが早いとか?」
「どんなときでも全く動かない鳥なんです!」
「……それってすごいの?」
「逆にすごいんです!」
「はあ……」
リンちゃんはいまいち納得できませんでした。
「よく分からないけど、あいつを倒してしまえばいいってことね! 分かったわ! いくわよ、<リンちゃんの」
「……待って」
リンちゃんを止めたのは、聖菜ちゃんでした。
「……戦っても、扉開かないよ」
「え? そうなの?」
「……ハシビロコウの許可がないと、そこの扉が開かないの。……私たちが押しても、開かないから」
橙花ちゃんも頷きます。
「聖菜ちゃんの言う通り、上がるためには、三羽烏ハシビロコウの許可を取らないといけないんだ」
ドレミ層では、オオワシを倒しさえすれば上の層に登ることが出来ました。しかし、ここのフロアは、正式な許可がないと扉が開かない仕組みになっています。
「ただ殴るだけじゃだめってことね。それで? どうやったら許可もらえるの?」
橙花ちゃんに訊ねてみますが、気まずそうに視線をそらします。
「……そのー、ボクはさ、力任せで戦ってたから、許可もらわないで無理やり開けてたんだ。だから、正規の方法はわからなくて……」
「……さすが蒼ちゃん」
武闘派リンちゃんでさえ引いてしまいますし、吉人君も苦笑します。
「蒼さんは意外と脳筋ですからね……。一応、力押しでも開くんですね」
「けど、結構な魔力を使うから、お勧めできないよ。それに、無理に開けると、扉も爆発するし」
「爆発!? それは……やめておきましょうか」
「そうだね。ボク一人ならともかく、みんなもいるからね」
「蒼さん一人だったとしても、躊躇ってくださいよ。友之助君に怒られますよ」
「うっ……。そうだね。これからは考えておく」
とは言っていますが、完全に目が泳いでいます。守る気はなさそうです。リンちゃんも呆れてしまいます。
「あたしたちが気を付けてみておかなきゃ駄目ねえ」
聖菜ちゃんも眉を顰め、遺憾の意を表明しています。
「……私も、見ておく。……蒼ちゃん、危ないから」
「……分かった。本当に気を付けるよ」
これには自己犠牲精神の塊、橙花ちゃんも完敗です。今度は嘘をついている素振りも見せませんでした。
みんなで話していると、ふと、みつる君が後ろを振り返り、飛び上がりました。
「わあ!」
「え!? なになになに??」
劉生君もびっくりして振り返ります。
すわ敵かと怯えましたが、そこにいたのはハーブを背中に乗せてこちらを睨む白鳥さんでした。
『ちょっと。そこで居座らないでくださる?』
「あ、すいません」
劉生君とみつる君は譲ってしまいます。橙花ちゃんは杖に手をかけますが、聖菜ちゃんがちょいちょいと袖を引っ張りましたので、戦闘には発展せずに後ろに譲りました。
白鳥はハシビロコウのすぐ前まで進みます。身動き一つもしない灰色の鳥に恭しく礼をすると、ハーブを地面に置き、羽を使って演奏をしました。
清流が小石の間を滴り落ちるかのような、幽玄な音があたりを包み込みました。
音楽大好きな咲音ちゃんもうっとりと聞き入っています。魔物大っ嫌いな橙花ちゃんでさえも、無表情ではありますが、いつもの殺気もなく耳を傾けています。
演奏が終わり、白鳥は頭をぺこりと下げます。
自然と劉生君たちは拍手をしました。白鳥さんは当然と言わんばかりに胸を張ります。
ハシビロコウに動きがありました。眼光は鋭いままに、ゆっくりと立ち上がり、横にずれました。途端、扉がひとりでに開きます。
『どうも、ありがとうございました』
白鳥は悠々とくぐると、扉がゆっくりと閉まります。
橙花ちゃんはちらりとみんなに視線をやります。やろうと思えば、強引に滑りこむのも容易だと考えたからです。
しかし、他の子はそんなあくどいことは考えていません。白鳥の演奏の余韻に浸っていました。
「……」
一瞬悩みますが、動かないでおきました。
扉が閉まると、ハシビロコウはのっそりと動き、また扉の前に座り込みました。やっぱり目力はそのままで、置物か銅像のようでした。
聖菜ちゃんが、みんなに言います。
「……ここの三羽烏さんは、綺麗な音楽が好き。……それで、開く」
「う……。それならあたしは厳しそうねえ」
リンちゃんは体を縮め、頬をかきます。
「音楽苦手なのよねー。適当に鳴らしまくるのは好きだけど、楽譜通りに弾くだとか、なんだとかってのは得意じゃないのよ」
吉人君も自信なさげにしています。
「僕も勉強はできますが、上手な演奏はできませんね……」
「それならわたくしにお任せください!」
音楽大好き、咲音ちゃんが前に出てきます。
「ちょうど、ピアノの演奏会がそろそろですので、演奏会用の曲なら弾けますよ!」
みつる君も諸手をあげて賛成しています。
「咲音っちはピアノがすごく上手だからね! できるよ!」
「はい! それでは、やってみますね!」
咲音ちゃんはピアノを呼び出します。召喚した楽譜をおき、ピアノ椅子に座り、大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせてから演奏を始めました。