16 そういえば、魔神ってなんだっけ?
劉生君がニコニコしていると、いつになっても来ない劉生君を心配して、橙花ちゃんが戻ってきました。
「劉生君。どうかしたの?」
「えへへ、なんでもない」
劉生君はもじもじして照れています。明らかになんでもなくはありません。
「……劉生君って、隠し事苦手だよね。すぐにわかるし」
「え? そ、そんなことないよ! ぼく隠し事しない! 嘘つかない!」
明らかに嘘くさいです。お人好しの橙花ちゃんでさえ、何か隠しているなとぴんと来ました。
けれど、彼の恥ずかしがってるところと、手に持っている花からして、悪い隠し事ではないようです。
もしかして、リンちゃんにプレゼントするのでしょうか。
可愛らしいプレゼントだなあ、と橙花ちゃんはほのぼのとします。
その花は壊れやすいから、衝撃に注意してね、とアドバイスを送ろうとしましたが、ふと、橙花ちゃんの脳裏にある考えがよぎりました。
周りにリンちゃんたちもいないことですし、橙花ちゃんはかまをかけてみることにしました。
じっと劉生君の目を見つめ、質問を投げかけます。
「ボクに何も隠し事してないんだね」
「う、うん! なにも! してないよ!」
「そっか。それじゃあ、……魔王を倒したときも、何もされてないってこと?」
「うぐっ! そ、それは……」
汗をかいて固まる劉生君に、橙花ちゃんは揶揄いもせずに馬鹿にすることもなく、まっすぐ劉生君の瞳を射抜きます。
「言いづらいかもしれないけど、教えてくれないかな」
劉生君が時折みせる、あの赤い力。
魔王の干渉によるものか否か、劉生君自身に悪いものか否かを知りたいと、橙花ちゃんは切に願っていました。
橙花ちゃんの強い思いを感じたからでしょう。
一瞬悩んだ劉生君でしたが、打ち明けることとしました。
「実はね……」
魔王をやっつけると、過去のミラクルランドの光景を見せつけられること、その記憶の中で橙花ちゃんとほかの魔王が楽しそうに歓談していたことを話しました。
橙花ちゃんはじっと聞いていましたが、最後まで聞き終えると、小さくため息をつきまし
た。
「なるほどね。劉生君を惑わせるつもりなのかな。全く、変な真似をしてからに……」
「……それでね、橙花ちゃん。……どうして魔王さんと喧嘩しちゃったの?」
一番気になることを尋ねると、橙花ちゃんは棘のある返事をします。
「彼らが子供たちをこんな危ない目にあわせようとするからだよ。どれもこれも、魔神が魔王たちによからぬことを吹き込んだせいだ」
「魔神が吹き込んだ? あれ? そうだっけ?」
魔神と魔王の関係については、フィッシュアイランドに行く前に耳にしていました。けれど、そのあと色々ありすぎて、正直記憶がおぼろげになってしまっていました。
「なら、話し直そっか。戻りながらでいいかな?」
「うん!」
細くて暗い道を歩きすがら、橙花ちゃんはもう一度説明してくれました。
「ミラクルランドには、五つの国と、五匹の王がいたんだ」
子供たちはミラクルランド中を駆けずり回り、遊んでいました。大人もいないし、門限も内。五時のチャイムもない、素敵な世界でした。
けれどある日、この世界におそろしい神が現れました。
「それが、魔神。彼は子供達に呪いをかけ、ミラクルランドの王に命じて、子供たちをそれぞれの王の領域に封じ込みはじめた」
「魔神さんは男の人なの?」
「え? ……あ、ごめん。ボクが彼、なんて呼んじゃったから、そう思ったんだよね」
橙花ちゃんはすまなそうに肩を縮めます。
「実際のところ、魔神が男か女かは分からない。そもそも会ったことがないから、どんな見た目かも分からないんだ。魔王が魔神を呼ぶときの名前から想像しようにも、できないような名前ばかりだし……」
魔神の呼び方は大きく分けて三種類あるようです。
一つ目の呼び方は、赤ノ君。二つ目の呼び方は、破壊神。三つ目の呼び方は、諸刃ノ君です。
「赤くて、強くて、刃を持ってそうだなって想像できるけどね。それ以上は分からない」
「赤くて、強くて、刃を持ってそうかあ」
きっとそれは……。
「ドラゴンだよ! ドラゴン! ドラゴンに違いないよ!」
ドラゴン大好きな劉生君は目を輝かせます。
「あはは。そうなのかな。そうだったら、ボクら魔神に勝てるかなあ」
「みんなで力を合わせたら、どうにかなるよ! 多分! それで魔神を倒したらさ、魔王たちとも仲良くなれるかもね!」
倒した魔王は、いつかは蘇ってしまうと橙花ちゃんは言っていました。だから、魔神を倒した後も、また魔王と巡り合うことが出来るでしょう。
そのときは、また橙花ちゃんと魔王たちは仲良くお喋りできます。
心がほっこりとする劉生君ですが、橙花ちゃんは黙り込んでしまいました。
「……? 橙花ちゃん?」
「……きっと、そうはならないよ。彼らとボクは、絶対に分かり合えないから」
その声からは、厳しさや冷たさを感じません。何とも言えない寂しさだけが滲みでています。劉生君は思わず橙花ちゃんの背中をみます。
彼女の表情を伺う前に、橙花ちゃんは走り出して、他の子たちと合流しました。
「みんなごめんね、待たせたね」
橙花ちゃんの顔には、いつもの優しい笑顔が戻っていました。リンちゃんや吉人君がやいのやいのいって、橙花ちゃんと劉生君を迎えてくれます。
「それじゃあ、三羽烏のところにいってみよっか。聖菜ちゃん、案内してくれる?」
「……うん」
橙花ちゃんは行ってしまい、これ以上話を続けられる雰囲気ではありませんでした。劉生君は立ち尽くしていましたが、吉人君に促され、ひとまず足を進めることとしました。