15 記憶が集まる場所、記憶の幹! 忘れたい思いはありますか?
狭くて細い暗い道を通ります。歩いているうちに、劉生君はなぜか心細い気持ちになってきました。
暗いからでしょうか。いや、そうではありません。
トリドリツリーにいるとき、どこからでも聞こえていた優しいメロディーが聞こえないのです。
耳に届くのは、劉生君たちの息遣いと足音だけです。
「……」
劉生君は怖くなって、すぐ後ろを歩くリンちゃんの手をぎゅっと握ります。
「どうかしたの、リューリュー」
リンちゃんは振り返ります。
「なんか、ここ苦手……」
「あたしもなんか苦手……。広いところの方がいいわよね」
ため息をつきながらも、劉生君の手をしっかり握ってくれました。
「……うん」
劉生君はほんのり微笑みます。
暫く歩くと、ようやく広い空間にでてきました。暗い空間に、光が瞬いています。劉生君は顔をあげ、息をのみました。
人が歩けるスペースはわずかで、中央は吹き抜けになっています。吹き抜け部分には、ふわふわと、光が漂っています。大小さまざまで、赤、青、黄、緑と色を変えています。
幻想的な世界とは、まさにこのことをいうのでしょう。
聖菜ちゃんが光を指さします。
「……あれはね、思い出の光。……ミラクルランド中の思い出」
思い出って光るものだっけ? 劉生君たちは顔を見合わせます。唯一、橙花ちゃんだけはハッと息を飲みます。
「なるほどね。だからこんなに強い魔力を感じたのか」
みつる君は首を傾げます。
「えっと……。どういうこと?」
「魔王は子供たちの記憶を奪うことができるってことは知っているよね。けどね、記憶はそのままどこかに消えるわけじゃなくて、大切に保管されているんだ。その場所がどこかまでは知らなかったけど、なるほど、ここだったんだ」
「それじゃあ、聖菜ちゃんの記憶もどこかにあるの?」
「そのはずだよ」
「うー、どこにあるかなあ」
劉生君が目を凝らして探していると、聖菜ちゃんがくすりと微笑みます。
「……見つからないよ。こんなにたくさんあるんだもん」
「そっかあ。見つかったらいいのに。そしたらさ、聖菜ちゃんの楽しい記憶も元に戻るよ」
しかし、聖菜ちゃんはあまり乗り気ではありません。物憂げに、記憶の光たちを見つめます。
「……楽しい記憶、戻ってほしい。けど、辛い記憶は、いらないな……」
彼女は寂しげに俯きます。
「……ここで捨てたい記憶、たくさんあるから」
ぎゅっと、聖菜ちゃんは胸の前で手を握りしめます。
「……トリドリパークのお姫様、とってもいじわる。だから、……私が一番いらない記憶だけ、残した」
「いらない記憶……?」
こくりと頷く。
「……私ね、渡り鳥だったの」
「ええ!? 鳥さんだったの」「すごいですわ! 人間にしか見えません!」
劉生君と咲音ちゃんはびっくりして、聖菜ちゃんの背中辺りを見つめます。翼は生えていないようです。
みつる君は小さく首を横に振ります。
「違う。多分、比喩表現だよ」
「ひゆ……? そんな鳥いましたっけ?」
「国語の用語だよ……」
「説明しましょう!」吉人君が眼鏡をくいっとあげ、胸を張ります。「比喩表現とは、とある物事を別の言葉や現象で表す言葉なのです! つまり、聖菜さんは鳥ではありません。人間です」
リンちゃんは感心します。
「へー、そうなんだ。ってことは、……どういうことなの?」
子供たちの純粋無垢な質問に、聖菜ちゃんは言葉が詰まります。目ざとい橙花ちゃんは聖菜ちゃんのためらいにすぐに気が付きました。
「聖菜ちゃん、」
言いたくないなら、言わなくてもいいよ。
目で訴える橙花ちゃんに、聖菜ちゃんは微笑んで首を横に振ります。
「……大丈夫。……辛いこと話すと、楽になるから」
聖菜ちゃんはぽつり、ぽつりと話し始めました。
「……私ね、親が転勤族なの。だから、たくさんお引越ししてきたんだ。引っ越すたびに、前までの友達と離れ離れになって、……連絡も取らなくなって。……また慣れてきたら、引っ越しちゃうの」
まつげがふるりと震えます。
「……すごく、寂しかった。私がまるで、一人ぼっちになったみたいだった。それが苦しくて、悲しくて。だから私は、……ミラクルランドに、来た」
最後の一文に、吉人君は違和感を覚えます。
「……ミラクルランドに、来た……。それって、どういう意味ですか?」
「……? 言葉のまま、だけど」
橙花ちゃんは忘れてたと言わんばかりに、ぽん、と手を叩きます。
「そうだ。君たちには説明してなかったね。ミラクルランドに来れる子供にはね、とある条件があるんだ」
一つは、体の傷を負った子供です。
「劉生君たちはこの条件があったからここに来れたんだと思うけど、あってるかな」
吉人君は暫く考えて、首をかしげます。
「そうでしたっけ?」
劉生君は思わず声をあげます。
「吉人君、そうだったよ! ほら、僕がこけちゃって、ひざをすりむいちゃったじゃん!」
傷口を洗うために水道を探して、公園のエレベーターに乗り込みました。すると、エレベーターが暴走して、ミラクルランドにたどり着いたのです。
そんないきさつを懸命に訴えますが、吉人君はぽかんとしています。
「あれ、そうでしたっけ」
「そうだよそうだよ! ねえ、リンちゃん」
「そうだった気もするし、そうじゃなかった気もするわね」
リンちゃんは思い出せないとでも言わんばかりに首を傾げます。
「ちなみに、他の条件ってのは何?」
「二つ目の条件は、心の傷を負った子供だよ。大体の子はこっちの理由が多いかな」
どちらも満たしていれば、より一層ミラクルランドに行きやすくなります。しかし、劉生君たちや聖菜ちゃんのように、どちらか一方でも訪れることができるのです。
劉生君はへえ、とびっくりします。
「そういう理由があったんだね。橙花ちゃんはどっちなの?」
「ボクは、……どっちも、かな」
橙花ちゃんの表情が一瞬曇ります。しかし、すぐに柔和な笑みに戻ります。
「ボクのことはともかく、聖菜ちゃんは後者の方、心の傷に反応してこっちの世界に来れたんだ。多分だけど、聖菜ちゃんの寂しいって気持ちが引き金になったんだね」
聖菜ちゃんはこくりと頷きます。
「……私には、分かる。……それで、こっちに来た。寂しさを忘れたかった。……でも、忘れられなかった」
寂しそうな聖菜ちゃんの頭を、橙花ちゃんは優しく、優しく撫でます。
「大丈夫。全部が終わったら、聖菜ちゃんが寂しいって思わない世界を作るから」
「……そうなの?」
「うん!」
橙花ちゃんは決意に目をひからせます。
「君も、友之助君も、みおちゃんも、聖菜ちゃんも、幸せな世界にしてみせるよ!」
「……蒼、ちゃん」
聖菜ちゃんは、ふんわりと微笑みます。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
しばらくみんなはのんびりと光の記憶たちを眺めます。
目を奪われるみんなですが、そのうち吉人君が橙花ちゃんに目くばせしました。
「蒼さん、そろそろ……」
「……そうだね」
この場所は、確かに上層に続いています。下の層にも続いていますし、なんならもっと下、橙花ちゃんでさえ知らない場所にも繋がっていることでしょう。
けれど、鳥ならともかく、人間の子供である橙花ちゃんたちが上やら下やらに移動することはできません。
「ここには、僕らが上の層に行ける手段はないから、戻ろうか」
みんなは続々と外に出ていきます。もう少しここにいたい気持ちもありましたが、劉生君もみんなに続きます。
「待って、みんなー。おいてかないで―」
なんて声をかけながら劉生君は追いかけていると、「あいたっ!」劉生君は転んでしまいました。何に引っかかったかと足元をみます。
そこには、長い緑のツタがありました。どうやら壁の木から伸びているようです。ツタの先っぽには、オレンジ色と桃色、黄色の花の三輪が咲いています。
普通の花よりは手触りが固く、まるでガラスのようなお花でした。
「わあ。綺麗だなあ」
他にも赤や青のお花もありますが、劉生君の手の届かないところに咲いています。
「……」
劉生君は思いました。このお花をリンちゃんにあげたら、喜ぶかもしれないなあ、と。
「お花さん、お花さん、ちょっとごめんね」
三本つみとり、ポケットに入れました。