第五話、共通語
“全文代、人型宇宙人用共通語”
長い年月を経て、洗練され、合理的かつ簡潔に整理された全宇宙共通語である。
睡眠学習機で、会話だけなら30分もあればマスターできるすぐれものだ。
“文明開化”した、人型宇宙人類が速やかにコミュニケーション出来るように作られている。
いまさらだが、キバは会話だけは出来る。
読み書きは、いま酒場のバイトの合間を見て、身につけている所だ。
タブレットPCにタッチペンで練習中だ。
「あら、数字の一ですか?」
ユキノだ。
「ん~、ああ、 読み書きは自分で身につけないといけないみたいでな」
「漢字やひらがなに比べれば、簡単で助かるよ」
カシカシとペンを動かす。
「地球人類は、四つの言語を使っていたって本当かい?」
セーラー服姿のJKに女装している監察官だ。
「日本語以外の外国語を足すともっとあるぞ」
カシカシ。
「ふふふ、幼いころおばあ様に教わった、数え歌がありますわ」
ユキノが背筋を伸ばして、透き通るような声で歌い始める。
氷が解けて流れる透明な清水を思わせる。
「一つでたほいの、よさほいのほい」
「一人娘っと○ル時っにゃっ」
「???」
キバがガバッとユキノに振り向く。
周りのゴロツキが啞然とした目でユキノを見た。
「親の承諾っ、得にゃならん、キュッ、キュッ」
「またか~~」
「もがもが」
「二っつでたほいのよさほいのほ~い」
ヤマが、ものすごく良い笑顔で続きを歌おうとする。
「二人娘っと○ル……」
「させるか~、この身に満ちよ銀河的・功夫(ギャラクティック・クンフ~)←ダークマターのこと」
「宙軍中野学校式、近接格闘術、“空気投げ”っっ」
片手をヤマに向け、ハンドルをひねるように手首を回す。
ブオンッ
ヤマが縦に回った。
「ウオッ」
スタッ
一回転して両足で立ったのは、ヤマの高い身体能力の賜物である。
「ダークマターを使ったっっ」
「“スペース・カラッテー”の技っっ!?」
ちなみに、ユキノの、“熱量奪取(強)”も、ヤマの“身体強化”もダークマターを使用した種族特性。
「宇宙最強の近接格闘術、“スペース・カラッテー”の源流は、地球人類にあるというのは本当だったんだっっ」
ブルリッ
宇宙的発見に、監察官が身震いする。
「空手のことか?」
キバが怪訝そうに言う。
ドブシュッ
シュコウウウウウ~
「ハア、ハア、ハア、ハア、ハアアン」
JKというには妖艶すぎる大人の女性に、監察官が変態した。
「キバ君~~、ボクは(君の記憶に)惚れちゃいそうだよ~~」
ピトッ
Jkにしては大きすぎる胸を、キバの腕に押し当てた。
断熱材のような胸板に、人差し指でのの字を書いていた。
「君を丸裸にしたいよ~~」
「(記憶を)吸い出していいかい~~」
“記憶洗浄”、脳に直接電極を撃ち込んで、記憶を強制的に吸い出す。
受けた人間は、8割廃人化する。
ギンッッ
ユキノの目が深紅に染まる。
腰まである新雪のような白い髪が、ざわざわとうごめきだした。
「ひえっ、冗談です、冗談ですよ~」
「“記憶洗浄”なんてしませんって」
「!、ヤマさん、ヤマさん、この格好どうですか」
ヤマの方に、逃げていく。
「おお、可愛いぞお~」
監察官は、ヤマの前でくるりと回った。
「…………」
「キバ様……」
「この数え歌は、大好きなおばあ様が教えてくださったものです……」
悲しそうな声だ。
「!!」
「わかった。 今度、周りに人がいない時に歌ってくれ」
キバが、ユキノの頭を撫でる。
「っ、はいっ」
二人きりの時にっっ
ユキノは、全身を赤く染めながら、幸せそうに笑った。
「ユキノという地雷の上で、タップダンスをしてるようだぜ、キバ」
酒場のおやじがぼそりとつぶやいた。