第十五話、恋の季節
酒場のごろつきたちの朝は早い。
チャンチャカ、チャカチャカ
軽快なリズムの元、朝のラジオ体操が始まるからだ。
『ラジオ体操第一~』
ラジオから明るい男性の声が聞こえてきた。
何故か、ニホンゴーである。
キバは最初、聞いたとき大変驚いた。
「ふっ、変わらないものもあるのか」
七百年、か
キバがニヒルに笑う。
「カードを出しな」
「スタンプは、ここだぜ」
「二日酔いの朝はこたえるぜええ」
ごろつきたちは、酒場の前の通りを占拠するように、列をなしている。
キバは黙ってその列にはいった。
第二体操が始まる。
◆
ラジオ体操が終わった。
ヤマが部屋から出てくる。
「いい子にしてるんだぜ、アニー」
チュッ
ヤマが、アンドロギュヌス監察官に口づけした。
監察官はヤマに、横抱き(お姫様だっこ)にされている。
真っ白い、長めのワンピースがウエディングドレスのように見えた。
「つ~~~~」
「……はいっ……」
全身、真っ赤に染めた監察官が、ヤマの腕の中で小さく答えた。
「はふうううう」
観察官が、熱い息を吐いた。
ヤマは、腰が抜けて動けない監察官を、酒場の椅子に座らせる。
スラックスに白いワイシャツを着たヤマが、長い黒髪を片手ですくいあげる。
「浮気するんじゃねえぞ」
離れようとしたヤマの、ワイシャツの袖をそっと監察官がつまむ。
上目遣いにヤマを見た。
「くうっ、可愛いぜっっ」
ガバア
ヤマが、監察官に顔をよせた。
周りが、桃色の空気に染まった。(←横溝正史著、『八つ墓村』参照)
「昨夜は、お楽しみでしたね」
酒場の親父が、服務規定に則り、決められたセリフを口にした。
”全宇宙、旅館業法“に決められている。
言わなければ違法だ。
監察官が、真っ赤に染まりうつむいて動けなくなった。
「うおおおおおおお」
「ち、ちくしょおおお」
最初から全てを見ていたごろつきたちが、もやもやとした何かを発散するために、もう一度ラジオ体操を始めた。
◆
「恋の季節だ、キバ」
酒場の親父が言った。
「……そうだな……」
「はふう」
キバは、時たま熱いため息をつきながら、頬を染める監察官を見た。
「まっっ、ふふふふふ」
ユキノは、後ろに立つ侍女服を着たヤマと、監察官を見た。
キバは、同じテーブルでユキノと朝食を食べている。
「エリンの地表が、恋の季節だ」
親父だ。
「???」
「はふうう、バグズの……ことだよ」
監察官が小さな声を出した。
◆
“バグズ”
宇宙クジラ“ジェーン”についてくる、生物はSAKANA(宙間魚類型生物)だけではなかった。
クジラの体表に、防御殻を作り、引っ付いて宇宙を渡る甲殻生物。
“バグズ”である。
種族名、アラクネイド。
大きさは、大型種で牛くらい、小型種でカニやエビくらいだ。
特に、大型種は鋭角の巨大な咢を備え、小さな腰から六本の外骨格の足がはえていた。
惑星“エリン”の原住生物であり、移住の時は戦いとなった。
しかし、バグズは“大変美味しい”という事実に、人類が気付いてしまった。
一時期は乱獲によって絶滅寸前までいったが、いまは、“全文代”によって保護されている。
詳しくは、ドキュメンタリー映画、“機動宇宙の戦士、ガンガル”もしくは、“スターシップ、フィシャーズ(宇宙の漁師)”を参考されたし。
◆
「バグズが引っ付いてくるのは、繁殖のためだよ~」
昨夜を思い出したのか、更に真っ赤になって俯いた。
宇宙クジラの目的地と、バグズの生息惑星はかさなっている。
「バグズたちの恋の季節だよ」
酒場の親父が言った。
「で、この季節だけ、都市に近づくバグズを狩ることが出来るんだ」
当然食べる。
「都市の防衛の仕事を受けてみるかい」
バグズが危険な生物であることは変わらない。
「ふふ、それもありましたわねえ」
ユキノだ、
“エリン”の観光の一環である。
「美味しいらしいなあ」
ヤマだ。
うんうんとうなづいている。
「当然、報酬は出るし、バグズも売れるよ」
はふう
「仕事受けるか?」
酒場の親父だ。
「わかった」
キバが答えた。
地上に降りたキバたちが見たものは、辺り一面を埋め尽くす、交尾するバグズたちだった。
「ら、乱交パーティーですわあああ」
――うらやましい
ユキノが吠えた。
キバは大慌てでユキノの口を押えた。
「は、は、は、破廉恥ですっっっっ」
オマメさんが、ブレスレットコマンダーから出てきた。
パアアアアアア
キバたちを中心に、バグズの接合部分にモザイクがかかっていく。
上空から見ると、オー〇の瞳が赤から青く変わって行くのと同じように見えたそうだ。
バグズは、焼いたときの香りがとてもよく美味しかった。




