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童話

小さなムゥバ・ヘンクゥの夢

作者: てこ/ひかり

 むかしむかしあるところに、小さなムゥバがいました。


 ()()()……


 ムゥバは、しんちょうはネズミよりちっちゃくて

 たいじゅうはリスよりもかるい、


 小さな小さな、()()()()()()()です。


 まんまるとした体に、波じょうのもようが線になって、

 眠る時に輪っかになって身を寄せ合うのがとくちょうです。


 そのムゥバという生きた食べものが、とある山おくの村に住んでいました。


 ある一匹のムゥバは、名前をヘンクゥと言って、

 ムゥバの中でもとびきり小さく、


 ヘンクゥは、しんちょうはかくざとうよりちっちゃくて

 たいじゅうはタンポポのわたげよりもかるい、


 本当に小さな小さなムゥバでした。


 小さなムゥバ・ヘンクゥには夢がありました。

 それは、人間たちに会うことです。


 ムゥバたちはふだんは人ざとはなれた山のおくのおくに住んでいて、

 めったに他のどうぶつと顔を合わせませんでした。


 だから人間は、ムゥバたちにとって、すごくめずらしい生きものだったのです。


 ある日のことです。

 ヘンクゥは村に住んでいた他のムゥバたちにこう言われました。


「ヘンクゥよ、早く大きくなりなさい」

「どうして?」

「どうしてって、そりゃあ」

 他のムゥバたちは空をあおぎました。


「大きなムゥバだけが、価値のあるムゥバだからさ! 

 小さなムゥバは、人間たちにえらばれてもらえないんだ」

「そうなの?」

「そうとも。だからムゥバは、みんな大きくなりたいとねがうんだよ」


 ムゥバたちは、ふだんは人ざとはなれた山おくで暮らしていましたが、

 幸運(ラッキー)なムゥバは、大人になると人間たちに見つけられ、いっしょに山を下るのでした。


 下ってからどうなるのか、

 他のムゥバも、ムゥバの長老も、誰もヘンクゥに教えてくれませんでした。


 誰かが話したところによると、

 それから人間とムゥバは仲良く、末長く幸せに暮らしましたとさ

 だとか

 悪い人間にひっくり返されて、お菓子にされて食べられてしまいましたとさ

 だとか


 、とにかく色々な言われようでした。


 山を下ったムゥバたちがどうなるのか、それは、

 いっしょに下った人間による、としか言えませんでした。


「小さなムゥバには、価値がないのさ」

「価値ってなぁに?」

「とっても良いものって意味さ」

「そうなんだ……」


 それでヘンクゥはその日から、自分の体が小さなことが恥ずかしくなりました。


「ボクも早く大きくなりたいな」


 ヘンクゥは夏の空に目を細めて言いました。


 またある日のことです。

 ヘンクゥは、また村に住んでいた別のムゥバにこう言われました。


「ヘンクゥよ、早くお金になりなさい」

「お金? どうして?」

「どうしてって、そりゃ」

 また別のムゥバが、頭をふりました。次々に口を開きます。


「お金になるムゥバだけが、価値のあるムゥバだからさ!」

「お金にならないムゥバは、えらばれてもらえないんだ」

「お金にならないムゥバは、村のはずれに捨てられるのさ」


 人間たちがえらぶのは、大きく、お金になるムゥバだったのです。


「でも、どうやってお金になるの?」

「そりゃ、色々さ。からだじゅうを金でぬるとか……」

 ヘンクゥは首をかしげました。

 それを聞いていた一匹のムゥバは、自分の体に金ぷんをまぶしながら笑いました。


「金にならないムゥバには、価値がないのさ」

「そうなんだ……」


 それを聞いて、ヘンクゥはうなだれました。

 自分の体がクリーム色だったので、彼はとても悲しくなりました。


「ボクも早くお金になりたいな」


 ヘンクゥは冬の山にその身をちぢこまらせて言いました。


 またある日のことです。

 ヘンクゥは、またまた村に住んでいた別のムゥバに、今度はこう言われました。


「ヘンクゥよ、早く美味しくなりなさい」

 またある日にはこうです。

「ヘンクゥよ、早くモチモチになりなさい」

 そして別の日にはこう。

「ヘンクゥよ、とにかく、早く価値のあるものになりなさい」


 ……そのうちヘンクゥは目を回してしまいました。


 ムゥバは大きく、お金になり、美味しく、モチモチで、甘く、紅茶に良く合い、芳醇(コク)な香りで、見た目も食欲をそそり……そして価値のあるムゥバだけが……人間に必要とされるムゥバなのでした。


 小さく、パサパサで、お金になりそうもないヘンクゥは、自分を見てしょげ返りました。


 そして夏が三回過ぎて、冬にも三度目のさよならを告げようかとしていた季節(とき)

 

 ついにムゥバたちの村にも人間たちがやってきました。


 人間たちは大きく、お金になり、美味しそうなムゥバたちを見て嬉しそうな顔をしました。

 モチモチで、甘く、紅茶に良く合いそうなムゥバたちから順番に、人間たちは山のふもとへと連れ帰りました。


 ヘンクゥは「自分はえらばれることは無いだろう」と、そのようすを木かげから、

 ひとりつまらなそうにながめていました。じっさい、


 芳醇(コク)な香りで、見た目も食欲をそそるムゥバたちから次々と、

 生きた食べものは人間たちと手をつなぎ、いっしょに山を下りて行きました。


 ヘンクゥはそれをひとりで見つめていました。


 どんどん数が減って行き、そしてとうとう日が沈み、村は夕方になってしまいました。


「やっぱりボクは、ダメなムゥバだったんだ……」


 ヘンクゥはがっくりと肩を落としました。

 涙をこらえつつ、巣穴(いえ)に戻ろうとしたヘンクゥでしたが、

「おぉい!」

 村のはずれから、ひとりの男の子が大きな声を上げました。


「おぉい! もういないのかい?」


 その男の子はまだ子供で、やはり他の人間たちと比べてまだ背が低く、それでムゥバたちの村に来るのも遅くなってしまったのです。


「おぉい! ムゥバやぁい!」


 ヘンクゥは立ち止まり、顔を上げました。

 するとその内、男の子が草むらから顔をのぞかせ、ヘンクゥと目を合わせました。


「見つけた、見つけた!」


 男の子がヘンクゥを拾い上げ、嬉しそうに言いました。

 ヘンクゥはびっくりして、男の子の手の中で手足をジタバタとさせました。


「ボク、大きくないんだよ」

「そうなの? へぇ」

 ヘンクゥの言葉に、男の子は目を丸くしました。

「それに、お金にもならないし」

「あぁそう。だから何だってんだ?」

「とても価値のあるムゥバには、なれないんだ」

「じゃあ、行こうか」


 男の子は泥だらけの手で残ったヘンクゥをにぎりしめ、にっこり笑いました。

 そしてびっくりしているヘンクゥを自分の家へと連れて帰りました。


 男の子の名前は、ハルアキと言いました。


 ハルアキのお父さんはケーキしょくにんで、とても美味しい()()()()()()()を作るので有名でした。

 ハルアキのお父さんは若いころ、貧ぼうで、大変な苦労をして自分の夢を叶えたのでした。


 お父さんはよくハルアキに言いました。


「ハルアキよ、お前も大きな夢を持ちなさい」

「大きな夢?」

「あぁ。ケーキしょくにんみたいに、お金になる、大きな夢さ」

「お金になる夢が、いい夢なの?」

「そうとも。価値のある夢こそ、本当の夢なんだよ。

 大きくもなく、お金にもならず、無価値な夢のまつろは、あの山のムゥバと同じだよ。

 村のはずれに捨てられるのさ」


 ハルアキはだけど、残念ながらケーキしょくにんにはあこがれていませんでした。

 ハルアキは生き物のせわをしてみたかったのです。


 それでムゥバを捕まえて、庭で飼ってみようとしていたわけでした。


「ボクの夢、大きくないんだよ」

 ある日、家のかたすみで、ハルアキはヘンクゥをなでながら小さく言葉をこぼしました。


 ヘンクゥは小首をかしげました。

「動物なんか飼ったって、お金がかかるばっかりさ」

「これに何の価値があるのかなんて、さっぱり分からないね」

「お前はそんなに美味しそうじゃないし」

 ヘンクゥはハルアキの目を見つめました。

「モチモチもしてないな」

「甘さ控えめ」

「紅茶に合いそうもない」 

「だけど……」


 ……だけど、ヘンクゥはにっこり笑いました。そう、そんな時ハルアキが自分にどう言ってくれたか、ヘンクゥは決して忘れていませんでした。


 ハルアキとヘンクゥはそれから仲良く、山の下でいっしょに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ムウバ、ヘンクゥ とワクワクする名前で、好きです。 [一言] 小さくておいしそう という人間に出会わなくてよかった。ww紅茶にあわせるスイーツなら、私なら小さめがいいかな(太るから^^;;…
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