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帰宅して部屋のドアを閉めるなり英麻はひょろ長いため息をついた。英麻の部屋も家全体もがらんとしていて静かだ。百果は学童クラブ、母は美容師の仕事でまだ帰っていない。父は明日まで出張中だった。
リュックサックを地獄ゾーンの一角に放り出し、制服のままぺたりと行儀悪く座り込む。
スポーツ万能の人気者。言われてみれば、確かにそうだわ。
英麻はここ最近のバスケットボール部とバレーボール部の部活動中の光景を思い出す。みなみがボールを奪い、シュートを決める度に歓声を上げる入部したての一年生の女の子たち。(その中にはバレーボール部の子たちまでいた)解散後もみなみは毎回、彼女たちに囲まれ、プロフィール帳の記入をねだられていた。その頃、英麻は身長の低さから早くもバレーボール部一年生の何人かに同学年と間違われていたはずだ。
あのハンサムウーマンのみなみが私と同じタイムアテンダント。私がタイムアテンダントの先輩。どうしよう。何だか変なプレッシャーが。
「ぼわあーっとしてる場合じゃないデショ、英麻チャン。昨日、まごまごしてたせいで、まだみなみチャンに全然、事情を説明できてないんダヨ?今日の学校でもダメだったしサ」
子ブタ型から女の子仕様の人型に姿を変え、英麻が部屋に常備してあるスナック菓子を取り出して食べながらニコが小言を言う。
「しょうがないじゃない。うまいタイミングがなかったんだから…って、あーっ!それ一番好きで大事に取っといた分っ」
お菓子を食べられているのに気がついた英麻がニコを取り押さえ、「勝手に人様のおやつを食べるな、ロボットはこんなものいらないだろう」「別に食べなくてもエネルギー補給はできるけど、ニコにだって楽しみが必要なんダネ」という、ニコがこの部屋へ来てから日常茶飯事となったかしましいやり取りが始まった時、それは現れた。
部屋の真ん中あたり。その空中に青い光が瞬き、同時に小さなテレホンスクリーンが出現する。スクリーンの白い画面には10、9、8、7…と順々に大きなサイズの数字が点滅していく。まるでイベントのカウントダウンのようだ。英麻もニコも取り合いっこをやめ、慌ててスクリーンの前に居住まいを正した。
これが、221X年のタイムパトロールから重要な連絡事項がある際に使われるテレホンスクリーンの登場の仕方だった。
前回、紫式部の時の花びら回収の延期が伝えられた時も同じ状況でこのスクリーンが出現していた。(ちなみにその時、英麻はびっくりしすぎて松永と同じくらい壁に頭を打ちつけていた)カウントダウンがなされる理由は英麻のプライバシーに配慮してのことだった。着替え中などタイミングが悪い時は一言、「ストップ!」と言えば自動的に通信が遮断され、後でまた改めてスクリーンが現れるという仕組みだ。
スクリーンの数字が0(ゼロ)となり、次の瞬間、通信担当のミサキの顔が映し出された。青年と言ってもいいほど落ち着いた、無表情に近い顔の少年が画面越しに英麻たちを凝視している。
「こちらタイムパトロール。第八部隊通信担当ミサキよりタイムアテンダントへの伝達を開始する」
事務的な口調の声も顔と同じくほとんど表情がなく、淡々としたものだった。
「ええと…どーもこんにちわ、ミサキさん!あっ、もう夕方だからこんばんわ、か。はははっ」
「どうも。早速だけれど、次の宿主が判明した。近日中に過去へタイムスリップし、時の花びらを回収してもらうことになる」
やはり無表情のまま、ミサキは言った。英麻は心の中で少しだけぷう、と頬を膨らませた。
あーあ、相変わらずそっけないわ。この隊員さん、なーんか苦手なんだよね。笑わないし、今いちやりづらいというか、つかみどころがないというか。りんごが大好物らしいけど、それ以外はどんな人なのかよくわからないし。
英麻は愛想笑いをつくって適当にうなずいてみせる。
「今回で四人目ですよねー。弥生時代に平安時代。今度はどの時代に行くんでしょーねー。できたら、もう日本史で習った時代がいいなあ。その方がまだ気持ちにゆとりがあるし」
「習ってたって忘れてるだろうヨ」
「言ったわねえー」
再び英麻とニコの取っ組み合いが始まりかける。
「残念ながら今回、君たちが行くのは日本の時代じゃない」
ミサキの言葉に英麻とニコはそろって「へっ?」と動きを止めた。
独り言でも言うような調子でミサキは続けた。
「次にタイムスリップする先は十六世紀半ばのヨーロッパだ。宿主の名は、グレイス・オマリー」




