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「―――ぐれいす・おまりー?」
間の抜けた声で英麻はその名を繰り返した。
「日本人…じゃないの?」
「そう」
さっさとミサキの答えが返ってくる。
卑弥呼、紫式部、清少納言と来て、いきなりグレイス・オマリーである。一体、どこの誰なのか。そのうえ、行き先は大昔のヨーロッパだという。日本史ですら手に余る英麻には中世にあたる十六世紀のヨーロッパという時代なんぞまったく想像できなかった。
そんな英麻の戸惑いなどおかまいなしにミサキは説明を続ける。
「四枚目の時の花びら。この花びらは時空のクロノロジーランウェイ近くに設置された記録ボールの映像を見るに、戦国エリアに入り込んだように思えた。だが、実際は入る直前で時空乱流に巻き上げられ、その衝撃で戦国エリアと同時代のとある海外の時代、すなわち、十六世紀半ばのヨーロッパまで飛ばされてしまったらしい」
「じくう…らんりゅう?」
また一つ聞き慣れない言葉が登場した。
「時空乱流ッ!時空の中に時々、吹きつける、とおーっても強い風のことダヨ」
ニコいわく、時空乱流は、性質としては飛行機の揺れの原因にもなる乱気流に近く、タイムパトロールの隊員はこれをうまくかわせるようになったら一人前なのだそうだ。
「それゆえ、今回はタイムスリップの方法もこれまでと若干、異なる。具体的には、いったんタイムスリップ先と同時代である戦国エリアに入ってから、トライアングルを通って過去のヨーロッパへタイムスリップすることになる」
「トライアングル?」
「日本と同時代にあたる他国の時代にタイムスリップする際に通過する中継地点、それがトライアングルだ。見た目は三角の枠みたいな形をしている。はるか遠く離れた場所に物体を移動させる作用があることからバミューダトライアングルのイメージで名付けられた」
「バミューダトライアングルってことはー……も、もしかしてそこを通ったら私たち、遭難して二度と帰れなくなって何十年も経ってから白骨死体で見つかるなんてことにっ」
「そういうくだらない心配はしなくていい」
そっけない通信担当はオカルト番組の影響による英麻の想像を一蹴した。
ミサキの説明はその後も続き、次のタイムスリップの指定日時や指定場所がさらさら流れるように伝えられていった。