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【グレイス・オマリー】
大航海時代に活躍したアイルランドの女性の海賊。部下の海賊たちを多数従え、ヨーロッパの海を中心に勢力を誇った。
特記事項:当該歴史上人物はアイルランド時空警察の管轄対象とし、原則的に我が日本国のタイムパトロールに接触の権限はないものとする。
(タイムパトロール記録部のデータベースより抜粋)
201X年
足立英麻の部屋には天国と地獄が存在している。
天国とされる飾り棚周辺のゾーンには、英麻が愛するアイドル、聖組関連のグッズ(CDや写真集はもちろん、彼ら主演の舞台『剣聖華劇』のパンフレット、DVD等々)が美術品のごとく陳列され、毎日のお手入れが欠かさずなされていた。
対する地獄ゾーン、そこは悲惨な有り様だった。学習机と本棚から成るその場所はおもちゃ箱をぶちまけたかのよう。机には教科書やノートといった勉強道具と、漫画やファッション雑誌が見事にブレンドされて放置され、本来、それらがきちんと収まるべき本棚にはなぜかバックやポーチ、習字道具、お菓子の空き缶、うちわ、ファンシー雑貨などがぎゅうぎゅうに押し込まれていた。同じ部屋の小学二年生の妹、百果のスペースの方がはるかにきちんと片付いている。(彼女は昨日の夜から友達の家のお泊り会に行っていて留守だった)
そんな部屋の状況など頓着せぬ英麻はその日、窓に額をつけて外を眺めていた。
今日は土曜日。夕暮れ時で天気は雨。薄暗い中を小雨がしとしと降っている。庭の片隅には雨に濡れる水色の紫陽花の茂みが見える。
「はあ、こうも雨が続くとやんなっちゃう。外に出る気力も失せるし、退屈な感じだわー」
「だったら勉強しなヨ。七月の定期試験も近いんデショ?」
「やなこと思い出させないでよね。それはまた別の問題なの」
英麻は窓枠によじ登ってきた子ブタ型ロボットのニコ777をつんと突いてやった。
七月に入った今でもまだ梅雨は明けておらず、もう長いこと晴れの日から遠ざかっていた。ぐずつく天気とニコの耳の痛い忠告にさらに気分がげんなりした英麻は、とっておきの元気薬、聖組の布施くんのソロ写真集に手を伸ばしかけた。同時にチャイムの音が鳴った。母親の驚いた声も聞こえる。
「誰だろ。こんな中途半端な時間に」
英麻は部屋を出て、一階へと降りていった。