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劇中劇とエンドロール  作者: 遠禾
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7

暫しの沈黙の後、焦りと気まずさに気温の高さとは無関係の汗を額に滲ませる暁を一瞥し、葵は先程見ていた水路を指差した。

「あそこ、鯉がいるだろ」

「え?あ……あ、うん。いるね」

突然の話の変化に戸惑いながらも、暁も彼に倣って、汚泥にまみれた水路へと視線を向けた。暁が見た時と変わらない。本当は何色なのかわからないような、泥と土と水の中をのろりと動く鯉達は特に己の境遇を悲観してる様子も見せず、どろの中に身を潜り込ませている。

と、暁の目の前にいきなり紙が差し出されてぎょっとする。が、それはよく見れば先刻葵が手にしていたメモ帳だった。四六時中紙と向き合っている割には癖があって、字そのものも小さくて読み難いがなんとか読み取れた一文には、こうあった。


鯉のたかる場所には死体。


「……うぇっ?」

しかし文字の意味を理解した瞬間、葵の字の下手さなどどうでも良くなった。一瞬にして背筋が冷える。

「なにこれっ!?」

メモ帳を暁に見せる為か、何時の間にか距離を詰めてきていた葵を見上げ恐怖感を訴えるのだが、葵は涼しい顔をしている。

「桜の木の下には死体が埋まってるとか言うだろ?」

「ええ……」

だから何だよ、とは思うがあんまり葵が普通の顔をしているので、暁は言葉が無い。下手に突っ込んでもどうにかなるとも思えない。

あんまり物騒な文章にげんなりするが、葵には暁のテンションなんてそれこそどうでも良いのだろう。一方的に話し続ける。

「そんな感じで、思い付いたんだ。ここら辺の鯉、いっつも似たような場所に固まってんなって。その理由がひょっとしたらこの汚泥の中に死体が埋まっていて、その腐った死体を餌にしてんじゃねえかなって」

「ねえかなって、あんた……あんた、よくそんなん思い付くね」

暁の身体に纏わり付く日差しによる気温が一気に下がった代わりに、皮膚を撫で付ける湿度がぐっと上がったように思う。嫌なものを見る眼差しで、土色の水を泳ぐ鯉から目を逸らした。先程はよくもまあこんな汚い場所で生活出来るなあ、といった呑気な感想だったのが、別の視点からくる妄想に浸食されて……あくまでただの想像と理解してはいても、グロテスクな気分に支配されてしまい、直視出来ない。

だが、今ので理解出来た。暁が見付けた時、メモ帳を持っていた葵は小説を書いていたんじゃない。


「何、そっから話が出来るの?」

こともなげに葵は答えた。誰でもこれ位想像するだろとでも言いそうだった。

「出来るよ」

「……」

聞かなきゃ良かった。心から暁は思った。

「えっと、じゃ、これからどんな話が出来たりするわけ」

つまり葵が路上で何かしら書いているのは、小説の設定や話の展開を想起させる材料を探していたからだろう……ネタ探しという事か。しかしあまりにも内容が恐ろしい。この儘煮えきらずに話が終わると、違う意味で夢が見られなくなりそうだ。聞かずにはいられなかった。

「今の、ぱっと思い付いた感じだと呪いかな」

「のろ、呪いい……?」

「そう、呪い。ホラー」

聞いたところで、改めて聞かなきゃ良かったと思うだけであった。


葵がこの水路にたむろする鯉の姿をヒントに思い描いたのは、殺された人間を川に埋めてそこで暮らす鯉に食べさせる事で成就するという、古い町だか村だかに伝わる呪いだという。


「うっわ、アクシュミ……」

聞き終わった暁は口にしてしまった。素直過ぎる感想であった。

自分から聞き出しといてなんだとは思うが、気持ち悪い。日常の何気ない光景からよくそんなゲームみたいな設定が思い付くなと感心する。

だが、やはり無理に聞き出したのは暁自身だ。葵は暁のストレートな感想を聞いてもけろっとしているが、だからといって、暁が勝手な事を言い放ったのはチャラにならない。

「ごめん、吃驚したからって滅茶苦茶言ったよね」

謝罪をしながら恐る恐る葵の表情を窺う。大切な趣味にケチを付けられたというのに、葵はきょとんとしてる。

「そんな吃驚するか?誰でも思い付くだろこんなん」

「いや……私は思い付かなかったよ。怖いけど凄いと思う」

「そうか?」

葵はメモ帳を捲りながら首を傾げている。

先刻からそういった雰囲気は感じていた。葵は自分の小説に価値がないと言うのと同じ位、自分の発想はありきたりで平凡だと思っているようだ。


「ありがちすぎないか……?」

そうやって、ネタ帳とにらめっこしている葵を眺めていて、ふと思い出した。自分が読むのは基本的に舞台やミュージカル、ドラマや映画の原作またはノベライズばかりで、本屋で初めて見る本に興味をそそられて読んでみた事など、多分ない。

物語は演じるもので、その内容について見えない部分を想像して内容を自分の中で膨らませた事などなかったのだ。


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