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常に人に対して喧嘩腰というか、無意味に攻撃的な言葉を放ちがちな山吹のことなので、先程の歌乃のようにお前如き考えても仕方ねえよ、と切って捨てられるかと思ったが意外なことに、山吹はすんなりと答えを口にした。
「多分そこまで考えてねえなって、思って」
「……は?」
が、その返事は理解が追い付かない端的な言葉で表されていた。
考える? 誰が? 何を?
困惑して疑問を浮かべるしかない、何をどんな疑問を感じているかを問う言葉も思い付かない。
「ど、どういうこと? ごめん、もうちょっと丁寧に、詳しく説明してもらってもいい?」
「そんな難しいことでもないだろ。この世界を作ったやつは、庶民の生活だの一般人の詳しい個性だの考えてないだろって思っただけだよ」
「この世界? 作った? 作ったっていうのは誰のこと?」
困惑をとおり越して混乱してきた。頭を抱える暁に、山吹は阿呆を見るような顔をした。
「だから、これって劇の世界だろ。そこのセンパイが魔女とか言って処刑されかけたことからも、そりゃ明らかだよな?」
指を差された梓は、今現在身の安全は確保されてるにも関わらず細く長い手足を縮こまらせるようにして身を竦める。
彼女の様子に、しかし山吹は無頓着だ。先程まで命の危機にさらされていた、守りたくなるような儚げな様子の美女の姿も、彼には心を動かす存在ではないらしい。構わず続けた。
「俺はこの劇の元となった話の原作者っていうの? 書いた奴のことなんざ知らないけど、歩き回って見てると随分と雑なとこあんなって思うんよ。この話の作者は、多分詳しいこと考えずに話を書いてる。衝動的っていうのか、あんまり突き詰めて世界観を作ってない。まずペンを走らせてから考えるタイプ」
世界観や設定を事細かく定めずに筆を進め物語を展開していけば、どうなるか。山吹の話はこういうことだった。
「書いた奴の想像力にこの世界は依存してるってこと。作者が姫様だの騎士様だの、話の主軸にあるキャラクターのことは事細かく生活様式まで考えて設定したとて、物語にほぼ絡まない庶民や商人なんかはどうよ。想像してないんだから、記号の役しかないんと違うか」
「あ……あ、ああ! って、それ、そういうこと!?」
なんとなく、わかってきた。彼の言わんとすることが。この世界にきてから感じていた、妙な居心地悪さ。厳格そうな女官が、高貴な身分の人々を守る為の兵士が、姫君を陥れようとした魔女を処刑する人間が、不意に見せる甘さ。
彼等の立場なら到底許しちゃくれないような、見逃せない言動を暁がしてもその場の出任せで切り抜けられた場面が幾つもある。幾ら何でも騙され易すぎやしないか、と。
『可愛そうなお姫様の話』は加百葵の書いた物語だ。彼の書いた文章以外にはこの世界の情報や世界観、設定などの設計図は存在せず、彼が描写していない部分は実にぞんざいであやふやなのだ。実在する物質とは思えない程に。
「普通、まー俺にとっての普通だからうちは違うとか言われても聞き流してもらうとして、一般常識じゃあ自分の家に不法侵入して自分は議員だ社長だ有名アーティストだって言われてほいほい家に入れるか? 入れねえよな」
山吹に対して怒り心頭だった歌乃も、暁と山吹の話に意識を持っていかれて怒りは何時の間にか鎮火していたようで話に入ってきた。
「あんただけじゃないよ、皆そうだよそうじゃない方が変だから、先輩がこの家の人の行動に不信感持ってる訳で」
「そう。この家の人間の行動はおかしい。俺が思うにこの世界のこの国が異常に防犯意識が低いだとか、この国が平和過ぎて赤の他人に警戒する必要がないとか、お国柄の問題には見えね。どっちかというと単純にこの世界の一般人には『侵入者に対するマニュアル』が存在してないんじゃねえかって」
「あ、もしかしてあんた、あんなすんなり城を出られたのって」
「そ。同じ理屈。兵士その一は城を守る以外の個性はおろか、過去も未来も存在してない。城を守るだけ。だから、城から出るのにどんなに破綻した理由でも説明されたら、疑問なんかなく通してくれる。あれだな、ゲームのCPUみたいなもん」
「CPU?」
「お前ゲームしねえの? 村人その一とかそーゆーやつ。決まった台詞しか喋らないけど、話が進んだら新しい台詞話し出すの、人格も個性も思考回路もない、ゲームの進行に従うだけの駒だよ駒」
テレビゲームの類には疎いのか歌乃はピンときていないらしく、首を捻っている。
横から暁は口を挟んだ。
「劇の端役だとさ、究極『ようこそ』以外台詞がない人だっているわけじゃない? そんな人が急に主人公に一緒に行こうと言われたら、どうすると思う?」
「……困ります。けど、劇中なら兎に角進行しなくちゃいけないから取り敢えず、話を合わせるかも」
「そう。主人公に誘われた時の台詞が用意されてないんだもの、当たり前だよね。この世界の人達は皆そうなんだと思う。自分で考えて行動するとかは……」
出来ない。彼等には。そう続けようとして、その先が急に言えなくなった。喉に飴玉か分厚い餅でもつかえたかのように、苦しい。
お城で出会った女官も、町の人達も、今階下にいる親子だって人間にしか見えなかった。着ぐるみでも、人形でもリアルなグラフィックでもない。確かめてはいないが、触れたら体温も呼吸も感じるだろう。
彼等を仮初めの、実在していないと断言するのがとても怖いことのように思える。
魔女を糾弾することも、姫君を崇め祀るのもこの世界の物語にある『設定』だから名もなき端役の彼らはこぞって口にする。心のうちなど関係ない。心などない。
物語の世界とは心も姿形も言葉で表されたそれ以上でもそれ以下でもなく、自分達もその中にいるのだ。空想の、葵のペンが踊るに任せた紙片の上に。




