重箱の隅をつつく 1
帰ろうと言ったのは山吹だというのに、彼が暁達を先導して歩いて行った先は丘を下ってふもとの城下町と思しき町並みの中の、一軒の家の中だ。
それまでの緊張感や梓の死を目の当たりにしたと思い込んだ時のショックから解放されたのは良いものの、いざ無事だった友人の姿を見たらすっかり気が抜けてしまい腑抜けのように思考も身体もはっきりとしない。
「おいおーいそんなんじゃこの世界で生きていけなくない先輩、へたっていられちゃ困るぜ」
山吹が小馬鹿にしているのか、それとも心底呆れているのか軽口を叩いてくるも、暁はまともに理解せずにうんごめん、ごめんと繰り返していた。
頭の中では自分がしっかりせねばとわかってはいる。山吹はどうだかわかったものではないが、後輩の歌乃や気の弱い梓が頼れるのは今は自分しかいない。
「うん、ごめん柏くん。色々ありすぎて、気が抜けちゃったけどもう大丈夫」
両手で頬を打ち、顔を上げた。傍らの未だ顔を隠した儘傍目にも震えているのがわかる梓を見て気合を入れなおす。
こんなことになる前のわだかまりや怒りなんか、すっかり小さき存在と化していた。それより梓が頼れるのはきっと自分だけなのだから、自分がしっかりしないという使命感が大きく心の中を占めている。
「もう大丈夫。心配かけてごめん」
「やー、心配とかしてないけどさあ、ほんま大丈夫か?」
関西人でもない癖に方言混じりな言葉を呟いて、山吹は自分の家かのような素振りで家の中に入り込むので、気合を入れた傍から暁は慌てた。当然、中に誰かいると思ったのだ。
その建物は町中にある、一般的な庶民の住まう家のように見えた。
街の中はざわめきで満ちている。誰もが先程の処刑の話を大声で口々に話していて、興奮しきりなのが伝わってきた。彼らは皆物見遊山で見に行ったのか、死体の詳細を最前列で見たという男が何をそんなに威張っているのか、誇らしげに語り始めたのを見て暁は顔を歪め、梓は布で顔を覆う。山吹は素知らぬ顔だ。
「なんなのこの町、国? 倫理観とかどうなってんの、人が死ぬのを話の種にするとか、罪悪感とかないの」
「そりゃあ他人事だしな。こっち」
顔を歪める歌乃に自分は顔色一つ変えずに言ってのけ、山吹は人通りの多い道から、建物と建物の隙間に身体を滑り込ませた。慌ててついて歩くと、山吹は迷わずある一軒の家の扉を開いた。
木造で造られたと思しき、地震でもきたら一瞬で倒壊しそうな不安定な枠組みで出来ているのが、建築技術には完全に素人の暁にもわかる。この国には地震や台風などの自然災害と縁がないのなら、羨ましい事だ。
中にいたのは二十代後半くらいだろうか、暁より年上だが親世代よりは遥かに若い女性が驚いたようにその場に立ち竦む姿が、視界に入ってきた。傍らには彼女の子供らしき幼い少女がいる。どちらもゆったりとした布を身に纏っている。ワンピースのような裾の広がった洋服だが、洒落た印象は一切なく、着倒しているのか生地には相当な年季が入って見えた。
誰、と誰何の声をあげる女性に慌てて怪しいものじゃないと(どっからどう見ても怪しいのだろうが、そう言うより他ない)暁は弁明しようとしたのだが、先に山吹が前に進み出たかと思うと威圧するかの如く低く唸るように話し出した。
「我々は高貴な方の命を受け、町に来た。面倒をかけるがら一行の一人が気分を悪くしている休める場所を提供してくれ」
普段の声変わりも未だと思しき、明るく陽気な声とは裏腹にメリハリの効いたよく通る声に、暁は思わず山吹の顔をまじまじと見つめた。確かに、前に上演した舞台で山吹の演技力は嫌という程伝わってきたが。だが、その時の彼の役は見た目通りの可愛らしい役柄で、言葉だけで他者を威圧するのは彼の外見からは想像していなかった。
演技だとはわかっているが、母子を厳しく見据える様子を見ても、この異常な世界に一から生まれ出たかのような佇まいのように見えた。
「邪魔はしない。場所を少し分け与えてくれるだけで良い」
「は、はい……っこちらへ」
兵士らしき男と数人の女性を見て、素直に城に仕える人間だと解釈してくれたのかどうかは怪しいと暁は思ったが、母親は暁達を二階に案内してくれた。
家の中はお世辞にもきれいとはいえたものではない。床は藁か何かか、草を干したものを敷き詰めただけだしベッドらしき物体も現代のような寝心地良さを追求したマットレスでも布団でもない。木枠にやはり大量の干草のようなものを載せているだけに見える。
「じゃ、取り敢えず座ろうぜ。流石に疲れたしんどい!」
母親はこの不審な一団に何の疑問も抱かないのか、ゆっくりおやすみくださいなどと言ってうやうやしく去って行った。そんな彼女が扉の向こうに消えるのも待たずに、山吹は床にどかっと胡座をかいた。
「え、ここ座るの? 汚くない?」
「んじゃ、立っとけばいいんじゃないすか」
嫌そうな顔をして歌乃が言うが、間髪入れずに山吹は突き放すように言った。
「わかったよ、わかってますよ!」
嫌そうに言って、歌乃も座った。彼女の気持ちもよくわかる。暁も本当は座りたくない。が、山吹の言うとおり心身ともにかなり疲弊している、思えばここまで飲まず食わずだ。
そこに思い至ったら、もう立ってなどいられずに暁も床にへたり込むように腰を降ろす。梓は全員座ったのをおろおろしたように見つめていたが、暫く葛藤するような間を置いた後、部屋の隅に置いてあった椅子の元へとそそくさと寄っていってちょこんと座った。
「さ、会談を始めようぜ」
「会談? それとも怪談? っていうか、そんな大仰なもんでもないでしょ、相談しよって言いなよ」
「どっちでもいーだろぼけー」
疲弊している割には無駄口を叩く元気はあるらしい。同級生の二人がやんややんやと騒ぐのを横目に、暁は梓を見上げた。
梓は真っ青な顔で俯いている。顔を覆っていた布は降ろしたものの、身体をくるんで寒さに耐えるようにそれを握っている。
「そういえば……ここ、寒くも暑くもないね」
素朴な感想だ。答えが返ってくることすら想定していなかった。
今自分達の暮らす世界は夏という季節に彩られていて、夏という季節はとんでもなく暑いものだ。それなのに体感は暑くもなければ、当然寒くもない。丁度良い春の陽気のような。
「設定してないんだろ」
「え?」
返事を求めていなかった疑問に、答えを返してくる者がいた。
声の主を見つめる。胡座をかいた山吹が、肘の上に顎をのせて暁を見ていた。
「この世界を作ったやつは、そこまで深く考えてなかったんじゃねえの?」
この世界を作ったやつ。思い付く人間は一人しかいない。




