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丘の頂点では今だに人間が燃えている。
朧げにしか存在しない歴史の教科書、それも火刑に処された人間といえば、かの有名なジャンヌ・ダルクだが生きた時代には当然ながら写真やビデオカメラなどの記録媒体などは存在しない。絵画に描かれたものは柱に被害者をくくり付ける簡素なものだ。
首を切り落とした上に火刑に処するなんて、フィクションの世界にしたってあまりに酷い。この物語の処刑の切欠は魔女が姫君を侮辱したのが全ての原因だと言うが、現実の日本で生きてきた暁には理解出来ない。自分の世界じゃ、口頭は勿論SNSで偉人の悪口を書き連ねたところで余程の事がなければ死刑は勿論、罪に問われる事も滅多にない。
今暁の目の前にある処刑台は、記憶にあるものと然程違いはないように見えたが、絵画とは明確に違う存在があった。それは『燃やされた後』の罪人の姿であった。
「ひっ……!」
引きつった声を上げたのは、自分と歌乃のどちらかだったのであろうか。二人寄り添うようにして、目を逸らした。
生き物を生きた儘燃やした場所の匂いというものはこれ程までに強烈だと言うのか。冗談抜きに鼻が腐りそうな臭いに、暁は被っていた布で口元を抑えた。親戚の葬式に参列した記憶はあったが、火葬場ではこんな風じゃなかったのだが。
「あ!!」
歌乃が例によって馬鹿でかい声を出した為、涙を堪えながらそちらを見つめると役人と思しき偉そうな佇まいの男と、何故か愛想良く会話を繰り広げている山吹の姿があった。
「ちょっと、柏何してんのあんた……っ!!」
歌乃は鼻が鈍いのだろうか。気色ばんで山吹の元に走り寄って行ったが、暁は暫く動けずにいた。
火葬された人間の臭いが辛いからではない。
思い出したからだ。
暁の親戚は、丁寧に埋葬された。燃やされたのは憎まれていたからでもなく、自分達にとって死者を見送る為に必要な手順だからだ。暁にとって、それらの手順やしきたりがどのような意味があって、故人の望む事なのかもはっきりと理解してはいないが、少なくとも自分達は死者を冒涜する為に彼らに火をくべるのではない。筈だ。
友人は、梓は冒涜する為に殺された。
首を斬られ、駄目押しするかの如く炎を投げ入れられた。
何で、何でそんな目にあわなきゃいけない? 魔女だったから? 役が魔女だった所為で?
一度止まりかけていた涙が再び溢れ出したところで、肩を誰かが叩いた。
「先輩……」
困ったような、笑うのを堪えているようななんとも言えない表情の歌乃がこちらを見ている。その後ろには相も変わらず飄々とした山吹と……。
「……梓?」
女性らしいすらりとした細身のシルエットを、暁や歌乃のように布を被っているのだが下には何も着ていないらしく官能的な程にはっきりとした身体の線が現れている。その所為で、長身にも関わらず女性と知れたのだ。
彼女の、布の下から現れた瞳。おどおどとした、誇るべき美貌を持ちながらも常に何かに恐れ慄いているかのような、切れ長の黒い瞳。
「あずさ……?」
涙が止まらない。断続的に涙は情けないも流れ続けていたのだが、今流す涙の意味は先程迄とは全く異なる意味を持っていた。
安堵と喜びによる涙で顔面をぐしゃぐしゃにする暁に対して、梓の方はといえば布から覗く瞳は気まずそうに逸らされている。
ここで再会する前までの喧嘩を引きずっているのだろう、暁はそう判断して気にする事など何もないと言うように泣き過ぎて腫れぼったくなった顔に、満面の笑みを浮かべて彼女に抱き着いた。
「良かった、本当に良かった……! 私、梓とあんな事になってから、謝る事も出来ないで、それなのに梓が死んじゃったのかと思って」
あまり意味のある言葉にはなっていないかもしれないが、気持ちは伝わると思ったのだ。
「……うん」
梓の返答はとても小さなものだった。言葉どころか、顔を合わせるのも躊躇われるといった態度に暁は一人で感極まったのを恥じた。
梓からすれば、一人よくわからない世界に放り出されて魔女だ呪われるだ罵られ、挙げ句殺されるところだったのだから、暁の気持ちを慮れと言う方が無理がある。兎に角良かった、と胸をなで下ろすと暁は山吹を向いた。
「柏くんがなんとかしてくれたの?」
「そうだよ」
あっけらかんと頷くと、山吹はまたも役人と何やら話しだした。
あらかた必要な会話は終えたらしい。山吹は、三人の女に向かいじゃあ戻ろうぜと言う。それに役人らしき男も異論はないらしく、彼らからすれば魔女の処刑の際に魔女の死を阻止しようとして泣き喚いた不審者である暁にも目もくれない。
「え、良いの?」
「良いから帰るんだよ。魔女は処刑されたし一件落着だろ?」
本音を話しているのか、やはりこの世界に紛れ込む為に演技を交えた口から出任せを延々述べているのかがわからない。
彼の言葉で暁は大大円めでたしめでたしでは済まない、ある問題点に気が付いてしまった。
この世界は加百 葵の書いた小説を元にした脚本『可愛そうなお姫様の話』の世界で間違いない。
この物語の中では、お姫様を侮辱した魔女は首を落とされた上で火炙りに処される。それを見た民衆は姫を苦しめた魔女が消えた事を喜ぶのだ。
今、脚本通りに事は進行している。それなのに、魔女役の梓は生きてここにいる。
口元を布で抑えた儘、暁は高台を振り向いた。解体される処刑台。灰となるまで死体は燃やされるのだろうか、嫌な臭いが辺り一帯に立ち込めている。
あれは、誰だ?
誰を燃やしたというのか。
歌乃は、見知った人間が生きていた安堵の゙反動で気が抜けてしまったのか、山吹に半ばもたれ掛かるようにしながら歩いている。彼女も彼も、今も燃えている人間に対する疑問はないように見えた。




