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城から見えた外の景色通りの風景の中を、一般人のような顔をして歩く山吹の図太い神経に従うように暁も出来るだけ平然とした顔を作って道を歩く。
道を行く人々は、ファンタジックなゲームやアニメの登場人物のようだ。暁の着ている衣服も大概だが、町中に見える人間の服装は色合いも褪せたもので、お洒落とも通気性も一切感じられない。
肌に触れる空気は湿っぽくぬるい。先程までいた現実世界とは似ている気がしたが、夏という程の暑さも感じない。
「柏くん場所わかってんの?」
「しらんけど、わかるでしょ」
「ええ、何それ大丈夫なの?」
適当過ぎる山吹の返事に訝しげな声をあげる歌乃に振り向きもせずに、山吹は答えた。
「処刑なんて一大イベント、人が集まらん筈ねーだろ。向かってる方向ついてきゃ良いよ」
先程から感じていたが、山吹は焦っている様子もなければこの異様な状況下で動揺、混乱している様子もない。何でこんなに冷静なのか疑問に感じる程だ。
確かに周囲の、名前も出自も知らぬ町民の様子は何処か浮足立って見える。特に興奮した男衆などが歩きながら話しているのが暁の耳に入った。
「高台だったか」
「ああ、その筈だぞ。姫様の代わりに貴族が見届け人で来るから見晴らしの良い場所がいいって」
「凄い美女らしいな……処刑するなんて、勿体ない」
「おい、聞かれたら大変だぞ」
成程、平穏な日本で生活する暁には想像もつかないが、こういった世界に於いては不敬罪を働いた人間への扱いなど、処刑されて当然の扱いなのか。まるで連続殺人鬼へのような物言いに暁は驚いた。
改めてこの世界は自分達の生きる、存在している場所ではない。それを強く感じた。
「あそこじゃないか?」
誰ともなく無言になり暫く歩いた。下手な会話をすると、何がどう解釈されるかわからないという恐怖が、暁だけではなく歌乃と山吹にもあったのかもしれない。
次第になだらかな坂をのぼっていくと、柵が設置された場所が目に入った。
途端、山吹が歌乃と暁の布に覆われた肩を叩いた。
「じゃあ俺ちょっと用事あるから」
「は?あんた何言ってんの」
「先輩方の為に危ねえ橋渡ってやるっつってんの」
歌乃の言葉にそう返すと、振り向きもせずに山吹は高台の頂点に向かい人混みに紛れて消えてしまった。
「ちょっと……大丈夫なの!?」
右も左もわからない。夢か現実かも定かではないこの世界ではぐれて無事にまた会えるのか。焦りから呼び掛けるが、その時にはもう山吹の姿はわからなくなっていた。
ただ、その瞬間。人の波に飲まれて消える瞬間に山吹の腕が知らぬ人間の手を掴んだように見えた。が、それも確実かはわからない。
「あいつ、どうするの」
こちらも焦った様子で歌乃が小さく叫んだが、人は増えていくばかりだ。恐らく皆魔女の処刑を見に来た悪趣味な人間なのだろうが、それらを跳ね除ける事も出来ない。満員電車のような人の多さに頭が痛くなりそうだ。
「下手に動いたらわたし達もはぐれかねないよ、歌乃ちゃん。傍にいよう」
「は、はい」
歌乃の手を握る。気丈に振る舞おうとしている様子だったが、握った彼女の手が汗ばんでいるのに気付く。
「……でも、だけど。どうしよう」
この人の波を駆け抜けて、友人を助けに行く事は果たして可能なのか。
高台の柵が設置された向こう側には、目立つ為なのか大きなお立ち台のようなものが設置されていて、そこには背の高い男がいる。その手に握られているものに気付いた時、血の気が引く思いがした。
男が持っていたものは、幼児程の大きさもありそうな斧だった。斬首用だというのは、一目で認識出来た。この状況で刃物を持ち出すなら、他の用途などある筈もない。
「梓、梓は……っ? 」
暁の叫びに応えるようにして、一人の女性が高台に引き摺り出されてくる。何か必死に叫んでいたが魔女の登場に、一気に高まる人々の熱量と処刑を望む叫びの数々にそれは黙殺され、暁の耳には届かない。
「あずさっ……!!」
ここから高台までは相当な距離がある。走っても届くか。絶望的な気持ちになりながら走り出そうとして、前を塞ぐ人の波に叫んだ。
「どいて、どいてよ! お願いだから、邪魔しないで!! 」
しかし、彼等は眼前の魔女の姿をよく見ようと前に詰めても暁の為に場所を開けたり、道を作ってはくれない。押し退けようとして、片手が歌乃の手と繋いでいるのを思い出す。
「歌乃ちゃんっ」
「むり、です……動けないです! 」
今にも人の波に流されてしまいそうになりながら、歌乃が叫んだ。口を噛む。こんなとこまで来たのは、友達が死ぬのを見届ける為なんかじゃない。
「あずさ! 梓は違うの、魔女なんかじゃないって! 人違い、違うの、違うんだってば!! 」
声の限り叫んだが、演劇部で鍛えた声量もこの熱狂の前では全くの無駄だった。絶望に視界が滲む。
隣で、辛うじて聞こえる声。絶望的なそれが、暁の耳に届いた。
「ああ! 」
反射的に隣を見た。歌乃は身を屈めて、強く瞳を閉じていた。そして彼女に視線を逸らした事で、暁はその瞬間を見逃す事が出来たのが不幸中の幸いだったのか。
いや、それを幸いなんて言えない。
歓声とも悲鳴とも、狂乱とも言えない声の重なりが耳を激しく打ち、それに伴い周りの人間が激しく動き、拳を突き上げ、動く。その波に押されて流される。倒れるのも許されない密着した他人の体温が気持ち悪い。
怖い。
「魔女が死んだぞ」
昂りに任せた声が幾重にも暁の耳元で跳ねる。
恐ろしくて顔が上げられない。例え遠くても、首を落とされた友人の姿なんて見たくない。それが目を逸らしても避けられない事実だとしても。
「あ……あ、あ。せん、ぱい。尾根先輩っ……」
震える声で歌乃が呼ぶ。目玉に張り付いた涙の膜を拭う事も出来ない。何度も手を引かれて嫌で嫌で仕方なくて、それでも何度目を閉じても逸らしても変わらない現実にやっと観念する。
見たくない、見たくない。
しかし、見なくても逃げられない。
だらんと下げていた顔を上げた暁の目に映ったのは、聞こえていた歓声以上の恐怖を重ねた現実だった。
高台が燃えていた。
魔女が燃えた。
燃やせ。灰も残すな。
民衆の悍ましい歓声が示す言葉の意味が、はっきりと聞き取れた時に暁は顔を覆った。最早歌乃の手を握る力もなくその場に崩れ落ちる。
死んだ、死んでしまった。
喧嘩した儘、泣き濡れる梓の顔が最後に話をした彼女の顔だ。そんな記憶を暁に残して、塗り替える事もせず彼女は死んでしまった。
「ああ……っ!!」
誰も悲しみに打ちひしがれる暁の存在に気付きもしない。気遣わしげな歌乃の手の感触を肩に感じたけど、何の感情も呼び起こさなかった。
報われない、救われない。
どうして、こんな事になったんだ。




