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動き難いスカートを翻しながら暁は寒々しいく、無暗やたらとだだった広い廊下を懸命に足を動かした。先程連行されてきた時も思ったのだが、この要塞のようなお城は規模に反して人が少な過ぎるような気がした。
この城が、自分達の置かれている状況が本当に葵の書いた小説の物語のように出来ているなら、梓がいるのはこの城ではないだろう。
頭の中でぐるぐると何度も読んだシナリオを脳裏に浮かべる。確か物語の冒頭にこの国は姫君を追放しなければ国は滅ぶ。そう語った内容を姫君は直ぐに聞きつけて、涙を零す。姫の美しさに目が眩んだ者達は魔女を捕え、姫の心の傷を癒し、姫への侮辱を許さず魔女を捕えて城からも良く見える街中の大広場で火あぶりに処される筈だ。
「兎に角、外に出なくちゃ……!!」
取り敢えず、階段を降りて廊下を走り回っていれば先程自分がいた場所に辿り着ける筈だと、暁は短絡的に考えた。この城がどの程度の大きさなのか、見た事すらない場所において自分の方向感覚は正しく働くのかなど考えるだけで恐ろしくて、無意識に考えから退けていた部分があったのかもしれない。
梓、梓。梓は、何処だ。
それしか考えていない暁には、現状が正しく把握出来ていなくて当然と言えば当然だった。このような場所での礼儀作法なども当然知らない。淑女としての嗜みなど知った事かとばかりに走り回る暁を、暁の視界に入っていないだけで確かに存在した人々には、どれだけ立場を弁えていない愚か者に映るかなど、頭の片隅に思い浮かびすらしなかった。
当然だが、暁の姿を見て不快に感じたのであろう淑女に厳しい口調で咎められる事となる。
「リリィ、何をしているの?」
その厳しい叱責すら暁は一瞬無視しかけたのだが、それは悪気あっての事ではなく、自分の役がリリィである事を忘れていたからだ。
呼び止めた女性から数歩通り過ぎたところで暁はその事実を思い出した。と、同時に自分が怒られているらしい事も。
少しだけ、のつもりで立ち止まったのだがあちらはそれで収めてくれる訳ではなさそうだ。つかつかと、固い靴の音を立てて暁のいる方向にやって来ると、抑えた調子ではあったが明らかに沸々と湧き上がる怒りをその目で見よとばかりの形相で、こちらを睨みつけてくる。
「あなたは姫様のお付きでしょう!こんなところで何をしているの。しかも、どたばたと走り回ってみっともない。所作もどうなっているの」
「え、ええと」
立ち止まるんじゃなかった。心の底からそう思った。この世界が現実であろうが夢の中であろうが、それどころじゃないのだから、呼び止められたら返事をしなくてはと、あまりにも当たり前な常識に意識を取られた自分を暁は恨んだ。
彼女はどうやら暁、というかリリィの上司らしい。召使の上司ってなあんていうんだろうななどとどうでも良い事を思ったりもしたが、それこそ今はそんな事どうでも良い。
急いでいるんです、と素直に言ってみようか。
「あの、すみませんわたし急いでいて」
「姫様の部屋から離れるようなあなたに、何を急ぐ事があるというのかしら!あああなたがへまをしたらわたしもお叱りを受けるのよ!姫様は繊細でか弱い方なのよ!あなたも分かっているでしょう」
駄目だ、そんな気はしていたがこちらの言葉は全く通じない。という事は馬鹿正直にわたしリリィじゃなくて、違う世界から来た人だから帰りますなんて言ったところで全く通じないだろう。
目の前の女性は中々恰幅の良い女性で、年齢なら暁よりは年上だろうが二十歳になったかは怪しいところだ。走って逃げられるかは微妙かもしれない。何せ、通路には人通りは少ないが全く人気がないという訳ではない。彼女が他の人間に自分を捕えるように指示を出せる立場なら、あっさりと捕まる可能性もある。
一か八か、逃げるしかないか。
そう暁が覚悟を決めようとした時に、廊下の向こうから自分に負けず劣らず焦った様子でスカートの裾をばたばたとはためかせながら走ってくる少女の姿を見付けた。そして、それは奇跡のように都合が良い事に思えた。
この世界で、いやこの世界だからこそ会ったのか。
肩迄程伸ばした長い髪を、今は一つで纏めている。暁よりも更に地味な作りの侍女の衣装を身に着けている。美人と取り立てて褒めちぎるような整った容姿ではないのかもしれないが、愛嬌のある可愛い雰囲気の少女だ。
暁に見覚えが確かにあった。今年からの顔見知りではあるが、放課後は毎日のように顔を見ていた。
暁は、考えた。どちらの名前を口にするべきなのかを。
そしてその名前を口にした。




