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記憶に残っているのは翻る艶やかな色で飾られたひらひらと舞うドレスのスカート。
身を乗りだし、手を差しのべようとした記憶が最後だ。どうしてそうなったのか、何が暁をそうさせたのか全く思い出せない。
否、思い出せる状況ではない。
「なに……これ」
多分気絶をしていた事も気が付いていなかった。本当は気絶なんてしてないのかもしれない。現実逃避の為に意識が記憶を削除したのを気絶と認識したのか、それとも今現在記憶を失っているのか。ここがこれが夢なのか。
体育館にいた筈だ。自分は演劇部の皆と練習をしていたのだ。
風が肌に絡む。気を失う前に感じたそれとは違うような、異様に乾いたひりひりと微かに痛む風だった。
暁は屋外にいた。正確に言えば、建物の屋外に面して並ぶ立派な石造りの柱で支えられたテラスのような場所の下にいた。テレビで見た古代の遺跡に似た構造のように感じるがそれにしては、そこまで経年劣化は感じない。
「どこなの」
座り込んだ儘呆然としていた。一歩も動ける気がしなかった。どこまでも柱で支えられた回廊は続くように感じられ、固く冷たい印象の壁には入口らしきものも見当たらない。一体自分はどうしてこんなところにいるのか。皆どこにいるのか。ドッキリなんて、素人には無理な規模だ。CGやちょっとした大道具ではないと、風と嗅いだ事なんてないくすんだ匂いが訴えてくる。
訳がわからず俯いて、目を閉じた。嘘だと思った。夢だと。何故自分が夢を見たのか、見ているのかを考えようと思えば直ぐに答えは出た。
「あ」
自分がこうなる直前の事を思い出した。目を見開く。
翻る華やかなドレスと華奢で、暁より年上には絶対に見えない小さな身体。自然とその身体を追って自分は駆け出していた。
落ちる。そう思った。
光が舞台から落下する姿が見えたのだ。危ないと思った時には、舞台の端にいた自分に何が出来たかなんて考える余裕もなく駆け寄って、飛び付こうとしたところで記憶は途絶えて何かかびたような匂いと、外の緑の強烈な気配に気圧されるような空間にいる。
「ゆめ、なの」
それにしては、何もかもがやけに立体的だ。床についた手には冷たい石の感触がぐっと拒絶してくるような存在感を示している。眉をしかめた。夢だとは思えないが夢でなければ理解が出来ない。
自分は光もろとも落下して、頭でも打ち今生死の境でも彷徨っているのではなかろうか。
だけど、それにしては。暁がふと感じた違和感を確信に変えるよりも先に聞き覚えのある名前を呼ぶこえがして、暁は顔を上げた。
「リリィ!何故こんなところに、姫様の一大事に……!」
数日間の練習で身に染みついた名前だ。リリィ。反射的にそちらを見上げれば厳つい顔付きの壮年の男がこちらへ向かって歩いてきていた。
「姫様がリリィがいないからと泣くので探しに来てみれば……」
静かだが明らかな不機嫌さとこちらの感情を締め付けるような声音に顔がひきつる。教師や両親などの大人からは基本的に模範的な真面目で勤勉な人間の暁にとっては、大人に威圧される事自体が不馴れなのもある。しかし、怯える理由はそれだけではなかった。
男の衣服は整えられた黒の外套に同じく黒のズボンと白い柔らかな素材に見えるシャツのような服を、外套の下に着ている。
誰だとか、何故自分が役名で呼ばれているのか言葉にして整理しようとするよりも先に男は大股でこちらに向かって歩いてくる。見た目より柔らかい素材で出来ているのか、濃い茶色のブーツの音は意外にも静かだった。
「何をぼーっとしている?早く濃い」
「やっ、やだ……っ」
男は暁の地面におろした儘だった手の片方を掴むと、力を込めて引っ張り強引に立たせようとしてきた。見知らぬ人間に高圧的に怒鳴られた上、触られて拒否反応から恐怖に声が漏れる。無意識に振りほどこうとしたが、男の力は強く振りほどけなかった。
腕が引きちぎられそうな痛みに、涙が浮かぶ。よろよろと立ち上がり、立ち上がった為に唐突に暁は気付いた気が付いてしまった。
服が何だか重い。
気になって見下ろした自分の格好に遅蒔きながら驚愕する。そしてそれよりも遥かに重大な事実に暁は悲鳴をあげた。
「いやー!!」
演劇部の本気の悲鳴だ。男も虚を突かれたのか暁の手を離して耳を抑えながら喚いた。
「何だ、貴様どういうつもりだ?」
「こっちの台詞でしょふざけんなあ!!」
男にはまるで関係なかったが、人生でここまでの羞恥もない。真っ赤になった暁はスカートを抑えて男を睨む。
さらさらの髪が耳の両側から視界に入った。
自分はツインテールの儘。衣服もよくよく見れば衣装のまんまだ。夢でまでこの格好は異様だ。それだけじゃない。
服が重いのだ。暁の衣装は基本的には普通のブラウスやコスプレ衣裳などに手を加えたものだ。その為か衣装そのものは見た目よりも軽く通気性が良い。それなのに布もごわごわするし、スカートの生地もやたら分厚く感じる。
それより何よりスカートの中。
暁は変態でも好事家でもない。友人とも安くて可愛いものの話が一般的だ。誰に見せるものでもないが、やはりシンプルでも可愛いものを身に付けたい。安ければもっといい。
「何でこんなんはいてんの……!?」
声には出せなかったが、胸中で絶叫した。人前でスカートを捲って確認出来ないのが無念であるが、見なくてもわかる。
やたらとすかすかする。下半身の心もとない下着を暁は身に付けていた。この訳のわからない状況にて、一番のショックだった。泣きたい。




