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彼の役は姫君と結婚したいという身の程知らずな望みを口にした柏 山吹演じる田舎出身の騎士に引導を渡すべく彼と決闘することになった騎士団長だった。
真面目で融通が利かず、上の指令に従う事が自分の使命だと信じている騎士団長は姫君の企みを知ることなく、田舎騎士を打ち伏せようとするが彼の使命は果たされることはなかった。
出番としては一瞬であり、物語の中では重要な役割であるにも関わらず梓の魔女と並んで出番が少ない。違いと言えば彼女と違って彼の演じる役は死から逃れたこと位だ。
彼は練習を重ねるうちに、自分にはこの役は荷が重いと感じるようになったという。暁達は皆驚いた。そんな素振りは一切感じなかったし、客観的に見ていても彼が役者不足と思うようなことはなかった。
「どうしてそんな風に思ったの、副部長に何か言われたの?」
柚葉は穏やかでリーダーシップもあり、良い先輩だと思うが、ただ部員にへらへらと媚びを売っているような人間でもない。演劇に対する情熱は暁以上だと思う。役柄に対して相応しくない人間なら配役も変えるし、部活態度が悪いと感じたらどれだけ実力があれど排除する。自分の存在が不必要だと考えたのなら、途中からでも役を降りる事も厭わない。彼が特別扱いするのは部長である光だけだ。
先日の演目でぎりぎりになって入部した山吹の為に急遽新たなシナリオを継ぎ足し、彼の演じる役を追加したのも彼、山吹がこれからこの演劇部にとって大切な存在になると見越していたからに他ならない。他の部員も、暁と同意見だろう。
彼は暁の目から見て問題行動を起こした訳でもなければ、与えられた役を舐めていたようにも見えない。副部長から咎められるような行いをしたとも思えなかった。
予想通り彼は首を振った。
「副部長は何も言ってないよ。俺が怖いのはあいつだ」
「あいつ?誰?」
「あいつだよ」
肝心の名前を口にしないから、何の事だかわからない。だからあいつって誰だと問い詰めようとしたところで、別の演劇部員が口を開いた。
「ひょっとして、柏か?」
「柏くん?何で?」
突然出てきた山吹の名前に疑問を抱いていたが、当人が頷いたので暁は驚いた。
「だって、お前が役で一番関わるの柏じゃんか。それに俺も柏とあんまり関わりたくねえと思ったんだよなあ」
なんだそれ、と思った。どうやら男子の中で柏山吹の存在は少しばかり厄介者のような扱いをされているようだ。女子にはわからない感覚でもあるのだろうか。
「いやでも自信なくなるって、はっきりした理由がなくちゃわかんないでしょ。何があったの」
暁の疑問に彼はぽつぽつと語りだした。
「俺が騎士団長で、あいつと対決するシーンがあっただろ」
それは物語終盤で起きる重大なシーンだ。
高飛車なお姫様は身の程知らずにも武勲をあげたという理由で自分と結婚したいなどと申し出た田舎の騎士に大変ご立腹だった。すぐさま首を刎ねてやりたいと思い詰める程に。だから、お姫様は考えた。どうすればこの身の程知らずの不届き者に引導を渡してやれるのかと。
そこで彼女はこう言ったのだ。大切なフィアンセである護衛騎士が直ぐ傍に控えているにも関わらず。
「我が国の誇らしい騎士軍団を纏める騎士団長と対決して勝利したら、あなたの望みを叶えましょう」
彼女の言葉で残酷で陳腐な決闘は幕を上げる事となる。
田舎騎士役の山吹と団長役の彼は、実際には対決する事はない。しかしそれまでの二人のやり取りが、彼にとっては負担が大きいと言う。詳しく、恥もかき捨てて言うのなら山吹のプレッシャーが怖いのだと。
「一年の圧にビビるとか情けないと思うだろ。だけどさ、あいつ怖いんだよ……いっつも周り中馬鹿にしたみたいににやにやしてやがるけど、多分本当に自分以外全部馬鹿にしてんだと思う」
「だから……そんなに言うなら何かあったんでしょ?詳しく言ってくんなきゃわかんないよ」
口をもごつかせ、彼は視線を下に向ける。口にする事に躊躇っているのかと暁は思った。余程プライドが傷付く事があったのか。
ざわつきがどこからか、絶え間なく続く昼休みの教室で、暁達のいる一点のみ緊張が支配していた。
汗が滲んだ手のひらをこすり合わせながら、彼は再び口を開いた。
「あいつと見ながら芝居してると、上手く言えないけどなんか、こう……圧迫感があるんだ。声も、芝居も……柏の前で見せるのが怖くなる。ただ、芝居してるだけなのに凄い実力差がある気が、して。柏の前じゃ俺なんかが何大事な役やってるんだって、そう言われているみたいな気分になるんだ」
言いたい事は分からないとは言えない。
暁も山吹の演技力は知っているつもりだ。声の出し方や抑揚、ころころ変わる表情はなりきっているというよりもその人物が乗り移っているようだ。演じている間、山吹は役柄通りの人間なんじゃないかと思わせる程に。
つまり彼は相対する山吹との圧倒的な実力差に苦しんでいるという事だろうか。
難しい問題だと思う。後輩、それも新入部員に圧倒的な実力差を見せつけられてプライドが傷付かないとはいかないだろう。しかもこの演目を続ける間はずっと間近で敵わない彼の実力を見つめ続けなければならない。
「あの、しんどい、とは思うけど」
「違うんだ」
何とか励ましの言葉を絞り出そうとしたところで遮られて、暁は鼻白む。
だが相手は暁の反応を冷静に見る余裕すらないらしい。腹に据えかねたような声だ。
「凄い芝居出来る人だったら、沢山いるだろ。部長とか、他校の奴とか」
それもそうだ。それに、対決する役とはいえ一つの演目での話である。その中の更にワンシーンで、あんまり意識しすぎではないかという気もする。
「違うって、何が?柏くんが芝居上手すぎて腹が立つとかじゃないの?」
「違う。あいつ、明らかに俺に対して手を抜いてる」
「え?何それ」
「練習する度にあいつの芝居、手抜きになってんだよ……問い詰めても、無視だ。わざとに間違いねえのに!」
耐えきれないとばかりに声を荒らげ、眉間にしわの寄った険しい顔つきで彼は唸った。
「柏とやる度にどんどん自信がなくなる、怖くなる。お前なんかこの程度なんだって、手を抜いたくらいで丁度いいって。もう、柏の顔が見たくないんだ……次はどんな風に自信を削られるのかって」
慰めの言葉はもう出てこなかった。気のせい、気にしすぎ。悪気はないよきっと。どんな言葉も今の彼には気休めにもならないどころか、神経を逆撫でするだけだろう。
沈黙が支配した教室の一角にて暁は言葉もなく黙り込んだ。




