12
暁が我に返った切っ掛けは、ベッドの上に投げ出したスマートフォンが振動していたことだった。
制服を着たままベッドに突っ伏して涙ぐんでいた。眠っているのか、意識を失っていたのかもわからない。どのくらい時間が経過していたのか。カーテンをひいた窓からは暗闇の気配しか感じられない。
頭が酷く痛いし気分が悪い。多分、寝る前の精神状態が最悪だったためだろう。というか今だって気分は最低だった。痛い、ずっと痛い。腫れぼったい瞳を強引に拭った。泣いていたんだと思う。だけど、認めたくなかった。
スマートフォンを手に取りメニューを開く。梓からかもしれない、という微かな期待は直ぐに裏切られた。
メッセージの主は、葵であった。
『脚本、いけたか?』
ああ、そうだった。こいつがいたんだった。こいつのお陰で。それは、悪いことではなかった。
寝苦しい熱帯夜の中で喉奥に落とし込んだ一片の冷たい氷のような涼やかさだ。
すっと熱く、熱暴走を起こしていた体が穏やかに冷めていく。
「気にしてくれてたんだな」
興味なさそうな態度であったが、自分の作り出した作品はやはりどう扱われるか気になるのだろう。葵の関心があるものはわかっちゃいたが、暁を含めた演劇部に対して意識をしてくれているようで嬉しかった。
スマートフォンを握り、直ぐに返信しようとしてから躊躇う。良い小説だったよ、とか部長も喜んでたよとか簡単な返信で済ませても良いと思う。だけど今無性に葵と話したかった。葵でなくても良かったのかもしれない。単に部活と何にも関係ない人と話したかった。家族は嫌だ。暁の気持ちに寄り添ってくれる気がしない。
こんなこと、してたことないけど。
通話画面を開き、続きアドレス帳をタップする。迷惑じゃなかろうか、と思いついた時には既に機械音が呼び出しを始めている。
無視されるだろうか。迷惑がられるだろうか。単純に驚くだろうか。
ぼんやりと考え始めた時間に、通話口から随分聴き慣れた声がする。
「尾根?どうした?」
どうした?と訊きたくもなるだろうなるだろう。話すようになってから随分経つとはいえ、電話で連絡をとる程親密になったわけではない。電話しなくちゃいけない事情だって特にない。
なんだか後ろめたさを感じながら、口を開いた。
「いきなりごめん。今、えっと、大丈夫?」
「別にいいけど」
葵には突然の電話にも驚いた以外の感情は特になかったようだ。そんな葵の雰囲気にほっとしながら暁は取り合えず、絶対に言わなければならないことを伝える。
「あの、小説読んだよ。部長達にも呼んでもらった。皆良いって言ってた。次の演目はこの話に決まったし!あと、あのさ……」
ぐ、と喉につかえている何かがあった気がする。脳裏に浮かぶのは人生で初めてであったという程に美しい少女。幾ら涙を流しても、どれだけ表情をゆがめても美しい儘暁を睨みつけている。
その、理由。
私が悪いのか。
「加百、さ。私に大切な役を任せてくれてありがとう」
嘘ではないのに、本心の筈なのにどうしてだろう、言葉がとんでもなく薄っぺらく感じる。葵にはどう聞こえたのだろう。
「ああ」
聞こえているだろうか。ばれてしまっただろうか。自分が劣等感に埋め尽くされたつまらない人間だということを。
息を吞んだが、葵の言葉も声の調子も暁の思う何時もの葵の儘だ。
「別に気にすることじゃねえだろ。お前に合うと思っただけだし」
「そうなんだ」
それはどういう意味なのだろう。
暁に与えられた役割。姫の従者、名前はリリィ。如何にも適当に名付けた雰囲気のある西洋人の名前のイメージ。偏見だろうか。
「深い理由はあんまりないんだ?」
暁に重要な役を与えたのは、葵にとって親しい知人のいない演劇部員の中で唯一の知り合いである暁に、なんとなく配慮してくれただけ。違いない。
淡々とした、気遣いも悪意もない本音を伝えてくれる。
不思議と落ち着く気がした。葵は暁に関心なんて殆どない代わりに暁を馬鹿にもしない。つまらない夢追い人と、憐れんだりもない。
「でもさ……義理でも嬉しいよ、ありがとう。頑張って、お芝居するから」
だからこそ信じて良いんだと思った。
ただそこにいたから暁を選んだだけ。それなら自分も、与えられた役を現実に存在するキャラクターとして演じ切るだけだ。頑張る。素直に思えた




