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光が暁の近くに来る理由を暁は知らない。演劇部に暁が入部して暫く、新入部員らしく端役を必死にこなしていた頃から気が付いたらよく近くにいるなと思う程度に目に入る場所に彼女はいた。そして、それは偶然でないと確信できるようになる。
しかしそれだけだ。話し掛けてくる事もなければ視界に入るというのに目が合う事すら皆無と言って良い。
光は傍にいるだけなのだ。
好かれているのかと勘違いして話し掛けてみた時期もあるが、反応は無かったのでコミュニケーションは早々に諦めた。
それでも、暁から話し掛けるのを辞めてからも光は部活動時、隣に近くに直ぐ傍に、暁がいる場所に寄ってくる。そうなると、暁としても好意ではない何か別の要因があるのではないかと心配が出てくる。
柚葉に相談したものの、彼は気にしないで大丈夫という参考にもならなければ、慰めにしても中途半端な返答が返ってきただけであったが。
(嫌いじゃないからだって思いたいけど……怖いよな、この理由)
着席してからもぴくりとすらしない。俯いて机の表面を見つめ続ける少女を横目で見つめる。自分に興味があるという勘違いは早々に打ち砕かれたのは、彼女のこの頑なに暁を含めた周囲の全てを拒絶している、と知らしめる態度も要因にあった。
書記を務める3年生男子が、黒板に予め用意していた文字を書き記していく。
暁の戸惑いも、1年生達の小競り合いも何もなかったように受け流し消し去りながら、とことん部長とは正反対な副部長が口を開いた。
「今からプリントを配る。主な役名と粗筋が書いてあるからちゃんと読んで欲しい。既に決まっている役には名前がプリントしてあるから、該当者はそのつもりで」
まわってきたプリントを見て暁はほっと人知れず胸を撫で下ろした。流石に副部長お手製のプリントにはヒロインなんて侍女役には注釈などつけられてはいない。
だからといって安心する訳にはいかない。ヒロインではなかいとはいえ、暁に振り分けられたのは重要な役割である。葵の真意はさておき、それは変わらない。
主な主要人物は5名である。
主人公であり全ての元凶でもある姫君と、彼女の恋人でもある姫の護衛の騎士。2人が恋仲とは知らずに姫君に恋心を抱く純朴な下っ端騎士と、彼に敵意を持つ騎士団長、姫の気紛れに振り回され続ける哀れな姫付きの侍女。
「見ての通り今度の劇は、ファンタジーだ。中世ヨーロッパみたいな感じだな。道具係衣装係とはまた詰めていくな。
物語は、敵国との戦争で武勲をあげた田舎者の騎士が、褒美を問われてお姫様との結婚を願い出たことから始まる」
プリントに記されていた粗筋は葵の小説を簡略化して、あっさりと纏めたものだった。これだけではあまり主人公に感情移入出来ないだろう……いや、全編読んだところで感情移入は不可能だった。暁は思い直す。
姫君は美しい少女だった。生まれた時からも神々の寵愛を受けて生まれたのだと信じて疑わぬ程の愛らしさで両親は勿論、国民にも愛され見守られ、可憐な花弁を束ねた大輪の薔薇のように目映く成長した。
彼女には心に決めた相手がいた。愛され守られ生きてきた彼女を、自らの手で守り抜くと誓った護衛の騎士だ。自らも貴族の出身だった彼は真面目で優しかったがつまらない男だった。
ある日、先の戦争で大いなる戦績をあげた男がいた。田舎者で土臭い男だったが、この戦いの勝利には彼の力があったのは間違いなかった。
王は彼を城に呼び、褒め称えた。欲しいものはないかと尋ねた。それがいけなかった。
彼はその時王の傍らに控えていた姫君のあまりの美しさに一瞬で心を奪われてしまった。田舎から出てきたばかりで都会や噂に疎く、姫君には公然の恋人がいるのも知らされてなかった。
彼は王に告げた。姫君を所望すると。
勿論王は激昂した。幾ら国に利益をもたらしたといえども辺境からやってきた、ならず者と変わらぬ一介の兵士が何を言う。姫と結婚したいというのは、つまり王位継承権を欲してるのと同じ。なんという愚の骨頂か。許しておけない。
それなのに姫は言ったのだ。
「わたくしと夫婦になりたいというならば、条件があります」
かわいそうなお姫様の物語は、そうやって始まるのだ。




