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部長が部活に顔を出すのを渋りに渋って時間がかかったらしく、副部長が部長を伴い演劇部に現れたのは暁が沈黙してから、たっぷり三十分近く経過した後の事だ。
針の筵のような、周囲の人間全てに見放されたかのような疑心暗鬼とも被害妄想ともとれない、居たたまれなさに苛まれていた暁にはなんとも長い時間であった。
「遅くなった、ごめん。皆来てる?」
「欠席の届けが出てる部員以外は皆来てますよ」
日直係の返事にうわあごめんと謝罪をしながら部室に入ってきた、誰にでも好意を抱かさせる笑顔を浮かべた柚葉の背後に隠れるようにして小柄な少女が一緒に入ってくる。
一言で言えば薄い、という印象の少女だった。
髪の毛は染めている訳でもないと聞いたが、色素は薄く日本人には珍しい色合いだ。癖も強い。これもまたパーマなどかける柄には見えないので生まれつきなのだろう。そんな髪をひとつに纏め、俯いている為分かりにくいが瞳も色素が薄いのを暁も知っている。
何より儚げとでも言えば聞こえは良いのかもしれないが、実際のところは存在感が薄いというのが正しいだろう。小柄で華奢な姿は、一見すると中学生にしか見えない。
「え、あれが部長?」
疑問と不満を露に山吹が呟いた。
隣の席の、こちらは入学当初に入部した一年生の少女が彼の呟きに露骨に呆れた様子を見せながら、話し掛けている。
「あんた、部長の顔も知らずに入部した訳?」
「舞台で主役やってんのは見た事あるけど」
「見た事あんじゃない」
「いや、同一人物かと思うかよあれが……」
山吹が何か言いかけたところで、教室の最前に立った柚葉がよく通る声で話し出した。
「皆、前々から連絡はしていたから知っていると思うけど、次の劇の内容が出来てきたから、今日は部長にも来てもらった」
そう言って自分の隣に目をやるが、部長は特に何も言う事もなく無言で頭を下げた。長い間部活に顔を出さなかった事についての説明も、軽い謝罪の言葉すらない。暁を始め、殆どの部員は慣れた事だったが、入部してまだ半年の梓は微妙な表情をしているし、入部してからの期間がもっと短い1年生達は困惑や、明らかな不審そうな素振りを見せていた。
「ちょいちょい、なあ、マジであれが部長なん?ヤバくね?」
「私に聞かないでよ。あと声抑えな」
「はいそこ、静かにな」
先刻の暁への物言いといい、山吹の言動は無神経なのかただ単に性格が悪いのか……単に周囲の事に気がまわらないタイプなのか。配慮に欠ける部分が多々あるように思う。
今の1年生女子との会話も教室中とまではいかなくとも、少なくとも前に立つ部長と副部長の耳にはしっかりと届いていたのは間違いない。苦笑しながら柚葉が山吹に注意している。巻き込まれた形になった1年女子は可愛い顔立ちに不似合いな剣呑な眼差しを山吹に向けている。当然のように無視されていたが。
「はあい、すんまっせん」
反省の色が皆無どころか不貞腐れた小学生のような言葉に、暁だけじゃなく柚葉までも、流石に不快感を隠せなかったようだ。それ以上は何も言わず、説明を始めた。
「昼休みに尾根から脚本の叩き台となる小説の概要が俺にきた。早速配役に関して決めていきたいが、脚本には落とし込めてない為、ざっとしたあらすじを纏めた用紙と主要な役の解説のプリントを配るので、それにまず目を通してくれ」
柚葉から受け取った用紙を書記が他の部員に配っていく。その様子を見ているのか見ていないのか、ただただ立ち尽くす部長を副部長が振り返り、告げた。
「ちなみにこの話を書いてくれたのは尾根の知人で、こちらのお願いをきいてくれた善意の人物だが、本人が自分の名前を取り上げて欲しくないとの事なので、彼には俺が個人的にささやかなお礼をしたいと思っている。
じゃあ……光も、好きなところに座って」
柚葉に話し掛けられて初めて部長が、自身の意思で動いた……と行っても何一つ能動的な行動ではなく、副部長の指示に従い好きな席に座っただけだ。
そしてそれは、暁の隣の席だった。
(今日も……か)
不思議なのだが、部長……花色 光の行動は暁に向けられている事が多い。
部内でも周知の事実として扱われている事だが、柚葉と光は付き合っている。光は他人とコミュニケーションをとろうとしない為言質はとれず、柚葉も問われれば否定するのが、ただの友達だよと言われるには2人の距離は近い。芝居をする以外じゃ演劇部での活動を拒否する光の代わりに部長の仕事をこなし、柚葉以外と接点を持つのを拒否する光と他の部員の間に立って彼女をフォローする。
3年生が言うには普段の学校生活でも2人はこんな調子らしい。光はとことん他者との接触を男女問わず拒否するらしい。普通ならばいじめとまではいかなくとも、クラスで浮いた存在となり遠巻きにされても不思議ではないと思ってしまうが、そのような雰囲気は常に柚葉が助ける事で、なんとかその都度払拭され光はクラスに溶け込めているようなのだ。柚葉のようなお人好しで面倒見が良く、真面目な人間が守ろうとするなら……と。
それでも光の他者への距離を縮める様子は全くかった。他人が嫌いなのか苦手なのか、それとも自分が浮いている事すら気が付いていないのか。
葵と同じように他者への関心や対話を必要としていないように見える。そんな彼女、光は不思議と暁の傍へ寄ってくるのだ。無愛想な猫が、人間に構って欲しいと素直に言えないみたいに然り気無く、そっと。




