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「尾根はどんな役も器用にこなしてくれるから、間違いなく出ると思うよ」
その言葉を聞いて、葵はふーんととぼけたような口調で一つ頷くと、再び柚葉に向き直る。
暁は彼等の様子をはらはらしながら見守るしかない。もう変な事は言うてくれるな、頼むから……!そんな心の声はしかし彼には、少なくとも葵には届かなかったようだ。
「あいつがやる役だけ、俺が決めて良い?」
「加百っ!?」
流石に黙っていられなかった。
これまでは態度だけは聞き耳など立てていませんよとばかりにこっそり彼等のやり取りを探っていたが、自分に関わる話となれば別だ。
「ちょっとあんた何言ってるの!」
幾ら脚本を任されたとはいえ、図々し過ぎる。気色ばむ暁だったが葵にはこちらの焦りも憤りも、気まずさすら通用しなかった。不思議そうな顔でただ暁の顔を見つめ返してくる。
「お前聞いてたの?」
「いや、それは悪いかもしれないけどさ!あんた何で私の役気にしてるの!?」
「別に良いじゃん」
「なにっ……」
まさか自分に関わる話を別に良いじゃん、の一言で済まされるとは思わなかった。絶句する暁を余所に葵はあっさり暁に背中を見せると話を続けるべく柚葉を振り返ると、こう続けた。
「こいつ器用なんだろ。何にも考えてないけど、あいつの役は決めたい」
「ちょっと、ねえ、加百……?」
葵の、のんびりしているようでぽんぽん進むテンポに付いていけず、暁は最早言葉もなく葵に弱々しく呼び掛けるしか出来なかった。怒鳴ってもけろりとしてるばかりか、無視する相手にどうしたら良いか想像も付かない。
彼の発言に驚いたのは勿論暁だけではない。彼等の会話に意識を傾けていたのは現在部室に揃っている人間の殆んどである。他の部員からすれば葵の存在そのものが異物混入なのだから気にして当然な上に、どうやら彼が演劇部の脚本を書くというのだから注目もする。
「何で暁……?」
隣で梓が尤もな問いを投げ掛けてくるが、こっちが聞きたい。
確かに柚葉は暁の事を器用とは言ったが半分以上お世辞のようなもので、その意味も器用貧乏というあまり名誉ではない称号を指している事くらい暁にも分かっている。何でも出来ると言えば聞こえは良いだろうが、実際は主人公になった事など一度もない、中途半端な存在なのだ。
それは葵の目にだって明らかだろうに。梓のような美貌もなく、部長のような実力も、オーラもない。そんな自分に一体決まってすらいない劇のどんな役を任せたいというのか。
困惑して、ただ葵の後ろ姿を見つめる。前髪に隠れ気味の眠たそうに細められた葵の瞳は、今どんな感情を携えているのか暁にはさっぱりわからない。
葵越しに見える柚葉の常と変わらぬ穏やかな笑顔で滅茶苦茶な要求に爽やかに頷いて見せた。
「別に良いよ。尾根が出るのは確定しているようなものだし」
「そうか。ありがとう」
相変わらずのたくりと、動きの少ないもっさりした動物を思わせる動きで頭を下げる。礼を言うという判断は一応出来るのか、と暁は失礼な事を思った。
「じゃあ頑張って書いてみるけど、気に食わなくても書き直しとか出来ないぞ」
「うん、それで良い。よろしくな」
それで彼等の、いや彼のここでの用件は終了したらしい。人を名指しで注目を集めた癖に、油を売る気はないとばかりにリュックを背負い直すと、葵は暁を一度も振り返る事なく演劇部を出て行った。
後は彼と副部長の会話に集中していた部員のざわつきだけが残されている。
想像もしなかった展開に暁は何時の間にか背中にぐっしょりと汗をかいていた。心なしか頭も痛い。ずきずきして纏まらない思考の隅で暁は思った。あいつ、先輩である副部長に対して終始タメ口だったな、と。
くる、とこちらを振り向いた柚葉はしかしそんな事どうでも良いとばかりに笑いかけてくる。半笑いに見えたのは暁の被害妄想だろうか。
「面白い奴だったね、加百。あいつの脚本楽しみだわ……尾根も、よろしくな」
なんと答えろと言うのだ。
しかし、答えられる言葉はこれしかなかった。
「……よろしく、お願いします……」
深々と頭を下げる。
この後、部内でも葵と暁の仲を邪推される羽目になったのは、言うまでもない。




