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劇中劇とエンドロール  作者: 遠禾
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梓が指差した先にはつまらなさそうな顔をした少年が一人、頬杖をついて椅子に腰かけている。

「誰だろ?」

「だよね、見覚えないよね?」

梓が言う通りだった。その少年に暁は見覚えがなかった。当然名前もわからない……新入部員だろうか。

「何か、凄いね」

声を潜め梓が暁の耳元で呟き、暁は頷いた。遠目に見てもわかる派手な金茶の髪はところどころ跳ねている。癖毛がお洒落か知らないが、あまり暁としてはお近づきになりたくないタイプである。桜野高校は校則そのものはたいして厳しくないが、度を越えた派手な頭髪は指導の対象である。あんな髪色の生徒はあまりいない。

暁と梓の視線に気が付いたのか、柚葉が二人の視線の先を確認して声をかけてきた。

「二人とも気になる?彼」

「いや、まあ……派手ですね」

「派手だよね。まあ、1年生だから二人の方が先輩になるし仲良くしてあげて」

「じゃ、新しい部員ですか?あの子」

暁が問うと、柚葉はにっこりと人好きのする笑顔を浮かべて見せた。

「今日入部したばかりのほやほやだよ。でも、凄いよ、あいつ。変更しなきゃいけないってのも、あいつの所為でさ。急遽あいつを出演させる為に新しい役を作ったから」

「それって、え……良いんですか?」


新入部員の為にシナリオの書き直しをするなんて初耳だ。たかだか学校の部活といえども、歴史ある演劇部の稽古は厳しく、耐えられなければ退部するのが常だった。それも毎年一人や二人ではない。本人にやる気があったとしても実力が磨かれなければ三年間ずっと端役で終わるか、舞台にすらあがれない人間だって珍しくはない。

どれだけ頑張っても、才能が付いてくるとは言いきれないが皆自分に才能があると、上達すると何らかのモチベーションや目標を持ち、それをやる気に変えて日々の活動に打ち込んでいるのだ。


彼等が今回自分には役を与えられなかったというのに、入部したその日にシナリオに手を加えるという特別待遇を与えられる新入生の存在を目の当たりにしたら、何を思うのか。酷ではないのか。

「そんな、酷い」

現に、暁の隣では不快だという感情を隠す事も出来ずに梓が口元を抑え、声を絞り出すように言葉を溢した。無理もないと思う。今回の劇で暁は主役に次ぐ重要な役を与えられているものの、梓に与えられたのはそれなりに出番こそあるものの、決して重要な役ではない。台詞だって相槌程度の二つ、三つ言葉を発するだけだ。会話のシーンもない。

柚葉は苦笑し、フォローするように口を開いた。

「是非、皆に見て欲しいんだよ。特に尾根には勉強になると思うし、黒神も頑張って欲しいから」

「それはお芝居が上手いって事ですか?」

再び、例の少年に視線を向ける。当然ながら見ただけで演技力がわかる訳がないが、梓程露骨ではないが嫉妬の気持ちはあった。



入学して直ぐ暁は演劇部に入部した。桜野高校を選んだのは徒歩で通える唯一の高校だったというのもあるが、演劇部の規模の大きさと実力に、自分が目指す場所はここしかないと思っていた。

部活動見学の際、偶々コンクールが近かったのもあって舞台で衣装を身に纏い、大掛かりなセットも準備した上で演劇部が練習していたところを見学した時、暁は自分の決断は正解だったと思ったのだ。

明るく、幸せな劇だった。華やかな衣装を身に纏う少女がくるくると変わる表情と細やかな言葉遣い、積極的な行動で小さな町を救うのだ。派手な物語ではなかったが生き生きしたヒロインの姿に暁は見惚れた。

「このひとは、この世界で生きてるのかもしれない」

憧れた。自分もそんな芝居がしたいと思った。なりきるのではない。その人物が、物語の登場人物以外の生き方を知らない……同一化したかのような。


彼女になりたいと、思った。



現実はそんな簡単なものではなかった。暁の芝居は、結局桜野高校並みの規模の演劇部では通用するようなものじゃなかった。一年生では抜きん出ているグループに入れられはしたが、それだけだ。

「大丈夫だって。不満があっても直ぐに納得できるから」

呑気な柚葉の台詞にはあ……と生返事で答えつつ、穴が空きそうな程美貌に険呑な光を宿らせて少年を睨む梓を嗜める。彼本人には、流石に罪はない。


そう思いたいが。頭では理解していても気持ちは付いていかないものだ。梓の気持ちは理解出来た。梓よりもより強い屈辱を感じていたといってもいいかもしれなかった。

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