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想像力。ひょっとしたら自分に足りないのはそういったものかもしれない。どう台詞を話すか、発声練習は、などと思えば自分は技術ばかり練習していたような気がする。
葵と今話をしたのは、自分にとって必要な出来事だったのかもしれない。
「加百は凄いよ。私、反省した……」
「別にいいよ。気持ち悪いだろ」
重ねて謝罪するが、葵の反応はあっさりとしたものだった。あっさりし過ぎていて暁は不安になる。不安とともに、疑問でもあった。暁の言葉選びが悪かったのは認める。しかしそれにしたって彼は、自分の想像や描く物語に愛情が無さすぎやしないか。
「こういうの、誰かに読んで貰ったりしないの?」
「別に。家だと勉強しなくちゃいけないし」
成る程。素朴な疑問はいとも容易く氷解した。
葵の家族は恐らく彼に対して勉学の指導に熱心で、話を書く趣味に対して肯定的ではないのではないか。保護者の目を盗んで趣味に没頭する場所が学校しかないのであれば、葵の死に物狂いに書き物に熱中する心境もわからなくもない。
……学校の時間を全て趣味にあてて、結果成績が下がっていては本末転倒のような気もするが。
「そうなんだ……」
そう考えると、勝手ながら葵に親近感が芽生えてくる。暁はあからさまに家族に反対された事こそないが、ひしひしと「所詮無理だろう。諦めればいいのに」という視線、感情は受け取っている。特に妹の佑果は不相応な夢を抱く暁を舐めてかかっているのは明らかだった。
それを思うと、言葉が自然と疑問としてこぼれ落ちていた。
「誰かに読んで欲しいと、思わないの?」
自分だったら読んで欲しいと思った。暁と葵は別人である。見返りを求めず日々好きなものと向き合う葵の姿は正直言って、暁は羨ましく妬ましくもある。葵のような誠実さが自分にないのではないかと、劣等感も抱いた。
だが、やはり自分だったら聞いて欲しいと思う。読んで、感想をくれたら尚嬉しい。それが悪い事だと辛くもあるが自分の頑張りを見てくれるならそれでも良い。
励まして欲しい。頑張っていると。
「……加百には余計か。ごめん」
言ってから後悔した。今日は、いや葵と会話しているとこんなのばかりだ。情けないなあと目が痛くなった。涙こそこぼれはしないが嫉妬の心は見苦しくて仕方ない。
改めて別れの挨拶を告げようとした。その時だった。
「読みたいのか?」
「はい?」
「いや、読みたいのかと思って」
「……」
まじまじと葵の顔を見つめたが、特に何かしらの意思が込められているようには見えなかった。本気で、特に深い意味もなく、素直に……単純に暁が自分の書いたものに興味があると考えているようだった。
「え。あの……いいの?」
「嫌じゃないけど。いいの?」
おうむ返しに質問されて暁は困惑する。いいの?って、何が?読んでもいいの?って事?私が許可を出すの?加百はめっちゃ私が読みたがってるみたいな雰囲気だけどだったら尚更いいの?って何よ?
葵の思考回路が分かり難すぎて暁は頭を抑えた。目付きが鋭い癖に妙にかわいらしい雰囲気でこちらを見下ろす葵が本気でよくわからない。
「いや、私がいいの?って言ったのはさ……先刻気持ち悪いとか言っちゃった奴だけど、私。そんなんに読ませて大丈夫?嫌じゃないの?」
「別に。お前こそ大丈夫か?」
「大丈夫って……?」
「俺、人が死ぬ話が好きなんだ」
かわいらしい雰囲気のまんま、葵はあっけらかんと言い放った。声のトーンも心なしか明るい所為で、言葉との落差に暁は両手を使った。頭を抑えるのに。
「本当に大丈夫か?尾根、気持ち悪いって言ってたけど」
それを最初に知っていれば、暁は最初から彼に声をかけたりしなかった。
残念ながら、葵は確認を取りながらもやはり暁が自分の話を読みたがってると信じて疑っていないようだ。スマートフォンを取り出すとなにやら操作を始め、事も無げに言った。
「取り敢えず一人くらいしか死なない話が幾つかあるから、今度それ持ってくるわ。字汚いから読み難かったらごめん」
こうなると、人が死ぬ話ばかり読んでられるかとも言えない。暁は自分の演劇部員としての技術を総動員し、本心を葵に悟られぬよう努めるしかなかった。