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 室内にレクシオンと二人きりとなる。

「本当に、君は不思議な人だね」

 じっと見つめられて、いたたまれない。

「私からすれば、あなたの方がよっぽど不思議だわ」

「へぇ。どのあたりが?」

 にっこりと笑みを浮かべて、レクシオンは身に覚えがないといった風に問う。

 絶対に確信犯だろうに。

 エリネージュはむっとして、言い返す。

「あなたの全部よ。あなたには何のメリットもないのに、私を助けようとするなんて訳が分からないわ」

「ふふ。本当に可愛いな……メリットならあるよ。僕は、本気で君を手に入れたいから」

 口元には笑みが浮かんでいるのに、その目は笑っていなかった。

 ぞくりと背筋が凍りそうな心地さえ覚える。

 本気で逃げなければやばい。

 そう思うほどには彼の本気がエリネージュに伝わった。

「怯えた顔も素敵だけど、勘違いしないでね。僕は君を守るナイトに立候補したいだけだから」

 闇に溶けてしまいそうな漆黒の騎士服に、レクシオンの眩い金色はよく映える。

 彼は王子でありながら、騎士でもあるのだろう。

 変わり者である噂を知らなければ、物語に出てくるヒーローさながらだ。

 美しい王子様で、自分を守ってくれる騎士だなんて。

 お姫様を守る騎士に憧れない乙女はいないだろう。

 エリネージュも、侍女たちが話題にしていた物語を読んで、そういう恋物語に憧れていた。

 次期女王候補であったエリネージュに、そんな恋ができるはずもなかったけれど。


(私を守るナイト、ね……いきなりキスするような欲望全開の騎士がどこにいるのよ)


 ――目の前にいたんだった。

 今更ながら、命の危険よりも貞操の危機を心配した方が良いかもしれない。

 エリネージュは思わず自身の体を抱きしめる。


「ねぇ、僕の何が知りたい? 君に聞かれたことならなんでも答えるよ。ただし、僕の従者が呼びに来るまでの時間制限付きだけれど」

 そう言うレクシオンに、エリネージュは真っ先に頭に浮かんだ疑問をぶつける。

「……誰が、私を着替えさせたの? 私の服はどこ?」

「最初に聞く質問がそれ? ふふ、心配しなくても、カトリーヌに任せた。本当は僕が君を着替えさせたかったのだけれど、それはこれからのお楽しみにしておこうと」

「絶対にそんな日は来ないから!」

「ねぇ、もっと聞きたいことがあるんじゃない?」

 エリネージュが警戒すればするほど、レクシオンは楽しそうに笑う。

 その笑顔がきれいすぎて腹が立つ。

 レクシオン個人のことを聞けば、エリネージュが彼に興味を持っていると勘違いされそうな気もする。

 それは癪だが、このまま何の情報もなしにこの男から逃げるのも無理だろう。


「どうして、アルディン王国の第一王子が不可侵の森になんて行ったの?」


 そもそもがおかしいのだ。

 エリネージュは不可侵の森で小人たちと暮らしていた。

 あの毒林檎を口にしたのも、不可侵の森だ。

 エリネージュが仮死状態になった場面を、普通に過ごしていればアルディン王国の王子が見かけるなんてことはあり得ない。

 一体何の用があって不可侵の森付近にいたのか。

 返答によっては、敵認定しなければならないかもしれない。

「君に出会う運命に導かれたから、と言いたいところだけど。実際は、グレイシエ王国に平和条約を持ち掛けに行っていたんだ」

 落ち着いた声音で、レクシオンは当時の様子を振り返る。

 現在、休戦状態にあるグレイシエ王国と、そろそろ平和条約を結びたいとアルディン王国含む周辺国は考えている。

 その意志を伝えるための使者として、レクシオンは四国同盟を代表してグレイシエ王国へと出向いたらしい。

 しかし、グレイシエ王国は面会に応じられないの一点張りで、取り付く島もなかったという。

 それはそうだろう。

 ユーディアナが人間の王国との平和など望むはずもない。

 下手をすれば、使者を殺して戦争のきっかけを作る、ぐらいのことはやりそうだ。

 そんな危険な役目を担っていたとは思えないほど、レクシオンは淡々と語る。

 レクシオンを追い返した、ということは内部で何かが起きているのかもしれない。

 まさかエリネージュの暗殺で手一杯、ということではないだろうし。


(一体、ユーディアナは何を考えているのかしら)


 もし自分が女王になったなら、戦争など今すぐにでもなくすために動くのに。

 そう思って、ふと気づく。

 国同士の問題をこんな簡単に漏らしても良いのか。 


「……聞いた私が言うのもあれだけれど、そんな重大なことを私に話しても大丈夫なの?」

「もちろんだよ。君は将来僕の妻になるんだから」

「なりません!」

「それでも、僕を信用してほしいと思っているから、君に嘘はつかないよ」

 まっすぐに見つめられて、無意識に胸がときめいた。


(あぁもう、こんな変態に何ときめいているのよ! 何でこんなに顔がいいの……!?)


 エリネージュはレクシオンから思い切り目をそらし、胸を落ち着ける。

 そんなエリネージュの様子にかまわず、レクシオンは「それで」と話を続ける。

「グレイシエ王国からの帰り道、不可侵の森から棺を運ぶ小人たちを見つけてね。気になって近づいたら、君がいたんだ」

「え? 私を、小人さんたちが? 不可侵の森の外へ?」

 しかも、グレイシエ王国の帰り道にすれ違うということは、グレイシエ王国に向かっていたということではないのか。

 エリネージュの頭は混乱する。

(もしかして、本当は小人さんたちも私のことを暗殺しようとしていたの……?)

 そう考えて、すぐに否、と結論が出る。

 もしユーディアナに命じられていたとすれば、レクシオンにエリネージュを渡したりはしないだろう。

「あぁ。それで、君に一目惚れをした僕は、今すぐにこの美しい人を譲ってほしいと声をかけたんだ。もちろん、最初は変な目で見られたけれど、金貨を百枚ほど見せたらすぐに頷いてくれたよ」

 実にいい笑顔で、知りたくなかったことを知ってしまった。

 小人たちは金貨百枚で自分を得体の知れない男に売ったのか。

 エリネージュは両手で顔を覆う。彼らが一日を生きるために必死で働いていたのは知っている。

 なにせ、不可侵の森に入れば、身体の一部にその刻印が刻まれるのだ。どこの国にも属さないため、市民権もなければ、ひどいところでは人権さえも認められない。

 そんな中でも、生活できていたのは、不可侵の森にある果物や鉱物が売り物になるからだ。

 もちろん、その流通ルートは正規ルート以外の方が多い。

 お金に困っていることは知っていた。だからこそ、エリネージュは彼らの生活のサポート役として側においてもらっていたのだ。

 彼らを責めることはできない。

(まあ、私が死んだと思っていたのだもの。仕方ないわよね)

 彼らと過ごした期間は一ヶ月ほど。

 それでも、親しくなれたと思っていたのだ。情が移るくらいには。


「大丈夫かい?」

「…………はい」

「どうやら落ち込ませてしまったようだね。そうだ、君はアルディン王国に来るのは初めて?」

 レクシオンの問いに、小さくうなずく。

「じゃあ、気分転換に一緒に王都に出掛けよう」

「へ?」

「やっぱりお互いを知るためには、デートが必要だよね。ちょうど僕の従者も迎えに来たようだ」

 レクシオンが笑顔で立ち上がったタイミングで、扉がノックされた。

 部屋に入るよう答えると、黒髪にアクアブルーの瞳が印象的な青年が入ってくる。

 きっちりと黒のお仕着せを着こなした彼は、無表情だ。

「リーネにも紹介しよう。僕の従者オルスだよ」

 オルスと紹介された従者が、一ミリも表情を動かさずに頭を下げる。

「あぁ、ごめんね。オルスは無口なんだ。でも、ちゃんと意思の疎通はできると思うから大丈夫」

 無口で感情表現もないのに一体どうやって意思の疎通を図るのか。

 そんな疑問がおもいきり顔に出ていたのだろう。

 レクシオンがふっと笑う。

「僕は彼の言いたいことがわかるから、大丈夫。大事な君を他の男と二人きりにするつもりはないからね」

 束縛発言が飛び出たが、聞こえなかったことにする。

「オルス、これから街へ出かけるよ」

「…………」

「え? あぁ、それは大丈夫。もう片付けた」

「…………」

「心配性だな、君は。彼女は僕の妻になる人だから、そのつもりでね」

「いや、違いますからね!?」

「彼女はこう言っているけど、気にしないで」

 レクシオンの言葉に、オルスは素直に頷いた。

 エリネージュの抗議は都合よく流されている。

 しかし、喋っているのはレクシオンだけなのに、どうやって会話が成立しているのだろう。

 とても不思議なものを見せられている気がする。 

 オルスの表情は動かないし、瞳も揺れていない。

 長年の従者の絆、というものを目の当たりにした気がして、少しだけ二人が羨ましくなった。

 エリネージュにも侍女はいたが、皆ユーディアナのせいで辞めさせられた。

 親しい人たちを引き離し、エリネージュを孤立させるために。


「それじゃあ、早速着替えて行こうか」


 にっこりと嬉しそうに笑うレクシオンは、外に控えさせていたカトリーヌを呼んで、外出用のドレスの用意を命じた。


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