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毒林檎を食べた白雪姫は、何故か変態王子に買われて溺愛されることになりました。  作者: 奏 舞音
第十章 白雪姫は王子様と因縁の魔女と対峙する

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「リーネっ!」


 嫌な予感が当たった。

 銀色に輝く姿見に触れた瞬間、エリネージュの姿は鏡の中に溶けていった。

 レクシオンは間に合わなかった。止められなかった。

 エリネージュがいる場所ならば、レクシオンは鏡の中だろうと地獄だろうとついていきたい。

 しかし、レクシオンが鏡に触れても、ただ冷たく硬質な感触を確かめるだけだ。


「くそ。どうすれば鏡の中に入れるんだ……?」


 そう独りごちた時、近くで笑い声が聞こえた。

 ユーディアナだ。

 倒れていたはずの彼女は、何事もなかったかのうに玉座に座り、レクシオンを蔑むように見つめている。


「ただの人間にできることなど何もないわ。大人しく死になさい」


 魔法の前では、レクシオンもただの人間だ。

 たとえ、他人の心の声を聞く力を持っていても。


(僕を見ているようで、僕を見ていない)


 ユーディアナの心の声を聞こうとしたが、何も聞こえない。

 それは、彼女がレクシオンに意識を向けていないからだ。

 しかし、たしかに憎悪は感じる。

 きっとそれは、レクシオン個人にぶつけるだけの小さなものではない。

 だからこそ、レクシオンはエリネージュのことが気がかりだ。


「リーネをどうするつもりだ?」

「あら、この状況でも自分のことより、あの娘を?」


 レクシオンの周囲には、いつの間にか黒紫色の煙が漂っている。

 少しでも吸い込めば、自分は死ぬのだろう。


「質問に答えろ。あの鏡の中はどうなっている? リーネに何かあれば、お前を許さない」


「ふふ、アルディン王国の王子は礼儀がなっていないようね。わたくしは女王、あなたは王子。それも、忌々しい人間の。まぁいいわ。わたくしがすべてを手にした時には、人間なんて滅ぼしてあげるから」


 人間を滅ぼすことが、彼女の目的なのか。

 そういえば、宰相シーノも同じようなことを言っていた。

 自分を認めないものなど皆死ねばいいと思い、シーノは魔女――ユーディアナの手を取った。

 しかし、ユーディアナの中にはシーノを助けようという気は欠片もなかっただろう。

 目の前にいるユーディアナは、人間という種族そのものを憎んでいる。


「それならば何故、グレイシエ王国は戦争をはじめなかった?」


 これだけ人間を憎んでいながら、休戦を続けていた理由。

 エリネージュの母マリエーヌは戦争を終わらせようと考えていたらしい。

 その座を奪っておきながら、ユーディアナは人間の国を攻めなかった。

 アルディン王国の人間に手を出してはいたが。

 しかし、十年だ。

 それほどの長い期間、憎悪を抱えながらも戦争には踏み出さなかった。

 何かを待っていたのか。

 何を? エリネージュ――《白雪姫》を?

 レクシオンは注意深くユーディアナの心の声に耳を傾ける。

 何か手がかりがつかめるかもしれない。

 鏡に入り込んでしまったエリネージュが心配でたまらない。

 消える直前にエリネージュから結婚を了承するような言葉をもらったことも、レクシオンの胸を締め付けていた。

 今まで頑なに結婚については否定していた彼女が、初めて。

 絶対に、この手に取り戻す。

 レクシオンの中にはそれしかない。


「そろそろ、息を止めるのも限界でしょう?」


 すでにレクシオンは黒紫色の毒煙に触れていた。

 しかし、息を止めているため、体内に取り込んではいない。

 毒煙の中で耐えているレクシオンを、面白そうにユーディアナが見つめている。


「でもそうね、あなたがその毒煙を吸っても意識が保てていたら、わたくしの計画を離してあげるわ。生きていたら、あの娘を救えるかもしれないわね」


「分かった」


 レクシオンには魔法は使えない。

 魔女であるエリネージュを救うためには、少しでも多くの情報が必要だ。

 覚悟を決めて、レクシオンは毒煙を吸う。


「くっ……うぅ」


 肺が焼けるように痛んだ。生理的な涙が浮かぶ。

 苦しい。痛い。辛い。

 口の中には血の味が広がった。

 今すぐに意識を手放せたらどれだけ楽だろうか。

 それでも、レクシオンは立っていた。

 まっすぐにユーディアナを見つめて。


「本当に吸い込むなんて。愚かね」


「リーネをどうするつもりなのか教えろ」


「いいわ、教えてあげる。わたくしが《白雪姫》になるのよ。大精霊に愛される、あの魂ごとね。そして、わたくしは永遠を手にして、この世で最も強く、美しい魔女になるのよ。だから、あなたはもう二度とあの娘に会うことはないでしょうね……あら、もう死んだの? ちゃんと最後まで聞いたかしら?」


 話の途中で崩れ落ち、震える身体は床に倒れている。

 視界は暗いが、まだ音だけは拾える。


(リーネの――《白雪姫》の魂ごと奪うなんてことができるのか……?)


 しかし、そのための十年だったとしたら。

 あの鏡の中で、エリネージュという存在が消されようとしているかもしれない。

 絶対に阻止しなければ。

 エリネージュと生きることが、レクシオンの幸せだ。

 まだ、自分の愛情の十分の一も伝えられていない。

 死ぬ訳にはいかない。失う訳にはいかない。

 一緒にハッピーエンドを迎えると約束したのだ。

 愛する人との約束を守れない男にはなりたくない。


「リーネ……はっ、誰にも、渡さな、い……っ」


 レクシオンは血を吐き、ガクガクと死に向かって震える身体を叱咤して、立ち上がった。

 もう命の限界を超えていた。

 それでも、鏡の中にいる愛しい人を目指して、足を動かす。


「気持ちの悪い男。あぁ、そろそろ頃合いね」


 レクシオンを冷たく一瞥し、ユーディアナも鏡に触れる。

 その身体はエリネージュの時と同じように消えた。

 特別な魔法の鏡なのだろう。

 他人の体を魂ごと奪うことができるというのだから。

 

 それでも、やはり。

 レクシオンには鏡の向こう側は見えず、触れても変化は起こらない。


「僕は、怒っている……から」


 レクシオンの制止もきかずに行ってしまったこと。

 エリネージュの気持ちをなかなか伝えてくれなかったこと。

 何を犠牲にしてでも守りたいと思うのに、守らせてくれないこと。

 何よりも、抱きしめたいのに、愛を伝えたいのに、今側にいないこと。


(無茶ばかりする君に、そろそろ僕は本気で怒ってもいいよね?)


 ちゃんと戻ってきて、笑顔をみせてくれなければ許さない。


「リーネ……愛してる」


 無機質な冷たい鏡に、レクシオンのあたたかな血がぽたりと落ちた。


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