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毒林檎を食べた白雪姫は、何故か変態王子に買われて溺愛されることになりました。  作者: 奏 舞音
第三章 白雪姫は王子様の噂を知る

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 レクシオンは、いまだに激しい鼓動を刻む心臓のあたりを押さえた。

「……彼女は、天使なのかもしれない」

 いつも気味悪がられて、遠巻きにされて、誰にも触れられない存在であった自分に、優しい言葉をかけてくれるなんて。


 初めて出会った瞬間から、運命を感じた。

 それは愛情というものとは違う形であったけれど、レクシオンにとっては長年探し求めていた存在が彼女であった。

 艶やかな黒檀の髪に、雪のように白く美しい肌。生気を失っているはずなのに瑞々しい赤い唇。

 これまでに見てきたどんな死人よりも美しい。自分のものにしたいと強く思った。

 彼女の棺を運んでいた小人たちと交渉し、金貨を渡して彼女を手に入れた。

 死んでいたはずの彼女が目覚めたことには驚いたが、それ以上に生きた彼女の瞳に自分が映ったことに得も言われぬ感動で満たされた。


『レクシオン様、仕事中ですよ』


 責めるような言葉が聞こえる。

 すぐ側でレクシオンをじっと見つめているのは、従者のオルスだ。

 その口は動いていない。オルスは心の内でレクシオンを責めているのだ。

 一部の人間だけが知る、レクシオンの秘密。

 それは、人の心の声を聞く力。

 とはいえ、それは自分へと向けられたものに限定される。

 使い方によっては色々と情報を得ることもできるが。

 しかし、愛しい彼女の心はまったく聞こえない。

 いくらレクシオンに意識を向けようとも。

 それも、レクシオンが彼女に惹かれる要因でもあった。


「あぁ、すまない。先ほどのリーネが可愛すぎてね」

 仕事中にも関わらず、思い浮かぶのは美しいエリネージュの姿ばかりだ。

 今までは、こんな風に誰かの顔が思い浮かぶことなんてなかったのに。

 薄暗い地下の遺体保管室で、レクシオンはとある事件の調査を進めていた。

「聞いてくれるかい、オルス。彼女はね、僕の母親殺しの噂や死体愛好家という噂を聞いても、僕を怖がらずに抱きしめてくれたんだよ」

 信じられなかった。

 彼女の存在は、レクシオンの願望が生み出した幻だと言われた方が納得できる。

 まさか自分が誰かに抱きしめられ、笑いかけられる日がくるなんて。

 

 ――あなたを産まなければよかった。


 最期に聞いた母の心の声だ。

 確かにレクシオンを産んだ母であり、愛そうと努力してくれていた人だった。

 しかし、心の声が聞こえるレクシオンを恐れ、愛せないと嘆いていたことも知っている。

 母に抱きしめられたことはなかった。心の奥底で何を思っているのか、知られることを恐れていたのだろう。

 レクシオンが初めて触れた母は、死んで冷たくなった母だった。

 母のぬくもりなんて知らない。それでも、もう命を失った母はレクシオンを恐れることも、避けることもない。

 死んだ母を抱きしめて微笑むレクシオンを誰かが見ていたのだろう。

 生きている母に愛されることがなかったから、レクシオンが殺したのではないか。

 レクシオン自身も、この力のせいで母が病んでいたのを知っていた。

 あながち、レクシオンが殺したというのは間違っていない。

 否定も弁明も何もしなかったからか、母親殺しの噂は真実味を帯びて広まった。

 当時、父である国王がその噂にすぐ箝口令を敷いたため、今では口にする者はいない。

 それでも、口にしないだけで、多くの人間が知っている。

 母が死んだ時から、自分が歪んでいくのが分かった。

 取り繕うことをやめた、と言ってもいい。

 生きた人間は、醜い心を晒してくる。

 気持ちの良い言葉を並べて、その裏では悪態をつく。

 だからいっそのこと、自分のことなど気にしない、心の声が聞こえない、死んだ人間の側にいたいと思った。

 墓騎士になることを父は何も言わなかった。

 どうでもいいのだろう。

 どこか投げやりで、逃げるような気持ちから始めた墓騎士だが、レクシオンの性には合っていた。それに、レクシオンにはやるべきことがあった。

 死体愛好家だ、という噂ももう気にならなかった。

 はっきり言って、生きた人間よりも死んだ人間との方が付き合いやすい。


『レクシオン様を笑顔にできる方が現れて、本当によかったです』


 レクシオンの側にいる従者は、生きている。

 死にかけていたところをレクシオンが助けたのだ。

 オルスは話すことが苦手な上、トラウマを抱えているため、まともに雇ってもらえず、酷い扱いを受けてきた。

 レクシオンならばオルスが喋らずとも、彼の心の声を聞くことができる。

 人間の醜い部分を知り、同じく心に黒いものを抱えているオルスなら、自分の側にいてくれるかもしれない。

 淡い期待から従者にした彼が、本気の忠誠心をレクシオンに捧げてくれるようになるとは思わなかった。

 オルスはレクシオンに救われたと思っているようだが、きっと救われているのは自分の方だ。


「ありがとう。でも、確実に彼女を手にするためには、彼女を狙う存在が邪魔だね。この事件にも、無関係とは思えないし……」


 レクシオンは、目の前に横たわる遺体を見つめる。

 死んでいるはずなのに、ただ眠っているだけのようだ。

 彼女を見つけた時の状態と似ている。

 そして、十年前の母親の遺体とも。

 ここ数年、同じような事件が数件続いている。

 墓騎士として、レクシオンは不審な死を調べることもある。

 彼女を狙っている者たちを捕らえれば、事件の糸口も見えるかもしれない。

 でもそれ以上に、自分以外に彼女を狙う者がいることが許せなかった。

 彼女を手に入れるのは自分だ。

 どんな手を使ってでも、何を犠牲にしてでも、レクシオンは必ず彼女を手に入れる。


「僕だけの、美しいお姫様」


 レクシオンはその美貌に、きれいな微笑みを刻んだ。


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