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毒林檎を食べた白雪姫は、何故か変態王子に買われて溺愛されることになりました。  作者: 奏 舞音
第三章 白雪姫は王子様の噂を知る

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いつも読んでいただきありがとうございます。


11月は毎日0時更新を目標にします!!

(執筆状況によっては変更があるかもしれません)


お楽しみいただけますように。

「弟が、すまない……」

 アレックスの姿が完全に見えなくなって、レクシオンが謝罪した。

 なんだか声が沈んでいる。

 当然だろう。弟に恨み言を吐かれたのだから。

「いえ。あの、大丈夫ですか?」

 さすがにエリネージュも、いつもの調子ではいられない。

「大丈夫ではないかな……」

 眉間にしわを寄せて、レクシオンが苦しそうに言う。

 いつも訳の分からないことを言っている彼が、こんな風に弱音を吐く姿を見ることになるとは思わなかった。

 落ち込んでいる誰かを励ます経験など、エリネージュにはない。

 それに、相手は普通ではない相手だ。

 どう声をかければいいのか。

 ぐるぐると頭の中で悩んでいると、レクシオンの美貌が目の前にあった。

「あいつのことは名前で呼ぶのに、どうして僕の名前は口にしてくれないの?」

「……は?」

「昨日のデートの時も、本当は期待していたんだよ。人前だから恥ずかしがっているのかと思っていたのに、会ったばかりのあいつの名前は普通に呼んでいたね」

「ちょっと待って……会話の内容に落ち込んでいるのではなくて、ただ名前が呼ばれなくて拗ねているだけ?」

「あぁ。母親殺しなんて、母上が亡くなった時から言われている。今更気にしたりしないよ」

 さらりとレクシオンは心の傷になりそうな言葉を言ってのける。

 その表情はあっけらかんとしていて、本当にどうでもいいのだと分かる。

(こっちは本気で心配したのに!?)

 しかし、今更気にすることはないというだけだ。

 気にしたことがない、とは言っていない。

 一人でずっと、悪意に晒されて、耐えてきたのだろうか。

 だから、ますます生きている人間が煩わしくなってしまったのか。


「……レクシオン」


 ただ、名前を呼ぶだけでいいのなら、呼んでやる。


(でも、今更敬称なんてつけてやらないんだから!)


 目覚めた時から最悪な出会いだったのだ。

 今だって、好きで一緒にいる訳ではない。

 照れ臭い気持ちをごまかすように、エリネージュは内心で言い訳を繰り返す。


「あぁ、リーネ!」


 ぐっと腰を引き寄せられ、すがるように抱きしめられた。


(ど、ど、どうすればいいの!?)

 助けを求めるようにカトリーヌを見れば、笑顔で手を振られた。

 そして、カトリーヌは音もなく部屋を出る。

 この状態でレクシオンと二人きりにしないでほしい。

 このまま耐えろというのだろうか。

 耳元で、自分のものではない心臓の音が聞こえる。

 誰のものかは分かりきっている。レクシオンだ。

 バクバクと今にも飛び出てきそうなぐらい、彼の心臓は暴れていた。

 その音につられるようにして、エリネージュの心臓も鼓動を速める。


「……母上が亡くなってから、僕の名を気軽に呼ぶ者はいなくなったんだ」


 ――だから、愛しい君に名を呼んで欲しかった。


 耳元でかすかに聞こえた声は弱々しく、エリネージュまで鼻の奥がつんとしてきた。

(私も、同じようなものだもの……)

 リーネという愛称は、亡き母だけが呼んでくれたものだ。

 父は健在だが、愛称で呼ばれたことはない。

 名前を呼ばれるというのは、自分の存在を認められるということ。

 呼び方で、どのような関係性を築いているのかが分かることもある。


「お願いだ、僕から離れようとしないでくれ。リーネに側にいてほしいんだ」


 まるで泣いているような声で、レクシオンはエリネージュを抱く腕に力を込める。

 突き放すことはできなかった。物理的にも、言葉でも。

 しかし、そろそろエリネージュの心臓ももたない。

 レクシオンからは無駄に良い香りがする。

 顔だけでなく、その声も、言葉も、甘くて、求められていることに胸がときめいてしまうのだ。

「レクシオン、そろそろ離して……」

「嫌だ。君が僕の側にいると言ってくれるまで、離さない」

「……もうっ、子どもみたいなこと言わないでよ!」

 思わず頷きそうになった自分には気づかないふりをして、エリネージュはバシバシと背中を叩く。

「だったら、そろそろ君が狙われている理由を教えてくれる?」

 低い声で囁かれた問いに、エリネージュの動きが止まる。

「…………」

「自分のことになると、君は何も言ってくれないね」

「……それは」

「やっぱり、君も僕のことが怖い? 母親殺しの王子で、死体愛好家だという噂も聞いたんだろう? でも、そうだな。今ここで君を殺して、美しい君とずっと一緒にいるのも悪くないかもしれない」

 言葉を重ねる度に、レクシオンの声が冷たくなっていく。

「勝手に話を進めないで! 私が狙われる理由を話せば、レクシオンもただではすまないからよ。あなたの噂のせいじゃないわ!」

「それなら大丈夫だよ。僕に何かあっても、アレックスがいる。父上も、母親殺しの噂が付きまとう王子を次期国王にしようとはしないだろう。きっと、消えてほしいと願われている。だからこそ、僕を一人でグレイシエ王国への使者に選んだんだろうからね」

 ふっと諦めたような笑みを上から聞こえる。

 抱きしめられているエリネージュには、レクシオンがどんな表情をしているのかは分からない。

 それでも、親に存在を否定されるということはどれだけの絶望だろうか。

 エリネージュはそっとレクシオンの背に手を回した。


「……そうやっていつも、自分の心は見ないふりをしていたの?」


 今度は、レクシオンが動きを止めた。

 そして、エリネージュをそっと腕から解放する。

 レクシオンが今にも泣きそうな歪んだ表情で、エリネージュをそのアメジストの瞳に映していた。

(やっぱり兄弟だわ)

 必死で涙を我慢している様子が、なんだかいじらしくてかわいい。

 にっこりと笑ってみせると、さらにレクシオンの顔がくしゃりと歪んだ。


「泣きたい時は、泣いてもいいと思うわ」

「こんな、はずじゃなかったのにな……リーネには、カッコいいところしか見せたくなかった」

 拗ねたようにそう言って、レクシオンは顔を背ける。

 その様子に、エリネージュは堪えきれずに笑ってしまった。

「初対面から変態発言しておいて、それこそ今更だわ。あなたがかっこいいだけの王子様ではないことぐらいもう知っているもの」

「それは酷くないか!?」

「あなたこそ、誘拐犯である自覚はあるのかしら」

 この王城に留まることを同意した覚えはないのだ。

 エリネージュはすっと目を細めて、レクシオンに詰め寄る。

「……それは、本当に、申し訳なかった。でも、もう君を手放せない。僕の側以外で死ぬことは許さない」

 最後の一言は低く、彼の本気がにじみ出ていた。

 だからこそ、エリネージュもこのままレクシオンから離れられないと覚悟を決めたのだ。

 『レクシオン安心計画』を本気で立てるほどには。

 しかし、彼を取り巻く環境が思っていた以上に重いことを知った。

 レクシオンは母親殺しの噂を否定しなかったが、エリネージュは彼が母である王妃を殺したとは思えない。

 アレックスは本気でレクシオンを恨んでいるようだった。

 レクシオンを母の仇だと思っているアレックスには、今すぐ彼の生きた居場所になれというのは難しいだろう。

 だから、エリネージュ自身が動かなければならない。


「それなら、私を不可侵の森へ帰してくれる? あなたの監視付きでも構わないから。そこで、私のことを話すわ。私のことを知っても、レクシオンの気持ちが変わらなければ、一緒に帰ると約束する」


 エリネージュの真実を話すなら、国境のない不可侵の森しかない。

 アルディン王国で、グレイシエ王国の王女だという身分を明かせば、戦争に直結してしまうかもしれないから。

(それに、国同士の問題ではなく、レクシオン個人と話をしたい)

 今ならまだ、後戻りができる。

 自分の内に芽生えた感情に、蓋ができる。

 期待せずに諦めることは得意だ。

 そういう点ではきっと、エリネージュとレクシオンはよく似ている。


「分かった。でも、僕はリーネが何者であっても、必ず側にいるから。それだけは覚えておいてね」


 いつの間にか涙の痕をきれいに消し去って、レクシオンが完璧な笑顔を浮かべた。

 不可侵の森へ行くためには、刻印を防ぐための呪いをしなければならない。

 だから、少し時間が欲しいというレクシオンにエリネージュは頷いた。

 エリネージュには効かないため、不可侵の森の刻印を防ぐ方法については分からない。レクシオンに当てがあるならば、待つしかないだろう。

(でも、不可侵の森の刻印を防ぐなんてできるのかしら……?)

 (まじな)いについて聞こうとしたところで、従者のオルスがレクシオンを仕事に引っ張っていき、カトリーヌが戻ってきた。



「あら。お嬢様、少しお顔が赤いですわ。もしかして、レクシオン様に何かされたのですか? ふふ、どんなプレイを……」

「あーもうっ、何もしてないから! 勝手に妄想するのはやめて!」

 カトリーヌのせいでまたさらに顔が熱くなって、元に戻すのが大変だった。


 不可侵の森へ行った時、何から話そうか。

 グレイシエ王国の王女だと知っても、自分を側においてくれるのだろうか。

 グレイシエ王国でも恐れられる魔女の力を持つと知っても、変わらずに接してくれるのだろうか。

 しかし、不安よりも信じたい気持ちの方が膨らんでしまうのを止められそうになかった。


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