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さまざまな短編集

巨砲モニター艦!

作者: 仲村千夏

 重厚鈍足。そんな言葉が似あうこの艦は利用価値がまだあるとして現役で動いていた。

 とある作戦の為引っ張り出された過去の遺物。

 巨大な艦砲を搭載したモニター艦“エボス”

 最初に一目見た時はただの移動できる海上砲台じゃないかと決めつけていた。いや、今でもそう思っている。

 俺はこの重厚鈍足の艦に艦長として転属を言い渡されていた。

 エバート・ギルリード海軍中佐。艦長配属の命令を受けてからは大佐に昇進という栄転。

 聞こえはいいが、実際には左遷と思えてくる。

 これまで駆逐艦、巡洋艦の艦長、副長として戦ってきた。

 それがこんな艦に配属だなんて……。

 とはいえ、これも仕方ないとして受け入れるしかない。

 しかし、迎えが遅い!

 軍港までは歩きと乗り合わせでどうにかたどり着いたが、数隻あるモニター艦のどれが配属艦なのかまったくわからん。

 一人くらい迎えに来てもいいだろうに。

 ここには見えているだけで四隻のモニター艦が停泊していてさらに戦艦が二隻沖合に見える。

 本心ではあの沖合の戦艦の転属が良かった。

 

「エバート艦長ですか!?」

「あ、ああ」

「そうですか! 早速ついてきていただきたい!」

「ちょっ!」


 いきなり現れた士官に腕を引っ張られ連れていかれる。

 軍港内をどんどん突き進んでいく中で引っ張る腕にも力がこもっている。


「ちょっと痛いんだけど!」

「あ、失礼。しかしあなたがいけないのですよ。駅まで迎えにいたのに一時間早く着いているなんて聞いていないし。待っているこっちがバカみたいだし、とにかく! 勝手に行動されてはこっちが困るんですからね!」

「え、あ、ごめん」


 散々のいいようだな……。

 だけど、勝手な行動というより早めに着くこと自体は悪いことではないような。


「では艦長。改めて自己紹介します」

「う、うん」

「私はエボス副艦長ジーニスです」

「艦長エバートだ。よろしく頼む」


 簡単に紹介が終わり。艦に案内される。

 モニター艦エボス。主砲に戦艦と一緒の砲塔を搭載した対地支援用の艦。

 口径は一六インチ。九〇〇キロを超える重量の砲弾を三八〇〇〇メートルの距離を飛ばすことができた。これを連装砲塔に納めて運用を開始した。

 威力は当然お墨付きなのだが、速力は目も当てられない。

 出せる全速は一〇ノット。

 航空攻撃や潜水艦からはもう逃げられない。

 本当にただの支援艦。

 こいつが出て行く戦いはもちろん支援前提の戦い。

 これから上陸作戦が展開されると聞くが、海の波は高く、空も雲に覆われてどんよりとしている。こんな中で航海するのは少し怖いが、幸いにも低速のこの艦は全幅、船の幅がかなり広い。

 ここから得られる浮力で艦は安定する。海上砲台は安定してなんぼであるから都合がいい。


「では、艦の概要としてはよろしいですね?」

「ああ」

「では、すぐに艦橋へ上がってください。すぐに出港いたします」

「わかった」


 この副長……できる!

 まぁ、俺が遅れただけであるが……。

 できない艦長と思われたら癪だなぁ。

 ちょっとは魅せないとな。

 そう思って艦橋に上がる。艦橋から見えるものは巨大な砲塔の天蓋。

 そこからすらっと伸びた大砲。艦首。出港準備を終えて水兵たちが配置についている様子が見て取れた。

 艦橋メンバーも配置についており出港はいつでも行ける状態だった。


「初めまして、エボス艦長となったエバートです」


 艦橋メンバーは会釈程度で終わる。

 これも試されているのかなぁ?

 まぁ、状況としてはすべてそろっているとしていいだろうし。

 そんなこと考えていたら、艦内無線から怒鳴り声に近い音量で副長の声が響いてきた。


「何やってるんですか艦長! さっさと号令出してください! 周りは機関始動して出港し始めています!」

「は、はは。できるな。では機関始動。出港!」


 号令と同時に瞬時に動く艦橋メンバー。

 みんなのレベルは決して低くはないことが動きでわかる。

 艦長はただのお飾りか……。


「艦長」

「なんですか?」

「あ、私は航海長のエリスというものですが。今後の航海と場所について確認を――」

「わかりました」


 エリスという航海長の見た目は三十前半で痩せ型、長身の頼りなさげな容姿。声も自信がないような感じ。

 手に持っていた海図は修正痕がない程自信ありげに書かれているのに残念だ。


「今回の航海はフランス、ノルマンディーが目標だと聞いています。そのために四隻集まっているということも。みんな、デカい作戦なので緊張しています」

「ははは、そういうことか。まぁあのラジオで開始されてしまったからね。仕方がない。ところでこの海図は素晴らしい出来なのになぜ自信なさげに?」

「性分です」


 その一言だけで終わってそのあとの会話はなかった。

 海図通りに進めば上陸作戦開始の四時間前には到着する予定だ。

 波が高いが、艦は安定して進んでくれている。

 あとはどれだけメンバーと仲を深められるかだが、今作戦中には無理だろうと感じてしまう。

 結局、艦長はお飾りと思われている時点で考えを改めてくれる状況が今は起きにくい。

 ならば、戦場でだな。


 ――


 どうやって、認めさせよう。

 作戦はそっちのけでそんなことばかり考えていた。

 元々の任務も上陸支援、対地砲撃だけだから考えるものもない。

 巨砲を撃てばいいだけの任務。

 ただ、いつもの仕事をするだけ。

 そんなことを部屋で考えていたら、無線で副長からの連絡が入った。

 

「艦長。所定の位置に到着します」

「よし、全員砲撃戦準備後待機。すぐに艦橋へ上がる!」

「了解」


 すぐに艦橋へ上がると制空戦の真っ最中で爆撃機が先攻して攻撃している状況だったが敵陣地はそう壊れていない印象を持つ。

 上陸地点には障害物が多数あり車輌などは先に上陸できない状況。

 たまに敵の放った重砲の砲弾が水柱をあげるが至近弾にもならない。

 砲塔はすでに海岸に狙いを定め砲身を掲げている。

 海岸までの距離はおよそ一八〇〇〇メートル。

 構造物も望遠鏡が無ければ小さくて見えない距離。

 戦艦はもっと後方にある。


「艦長、上陸前砲撃の命令が下りました。先に戦艦部隊が砲撃します」

「了解」


 その通信の数十分後、戦艦部隊の全砲塔が火を噴く。

 数秒後に海岸、岸壁、陣地に次々に着弾。土を掘り返して舞い上がる。

 その次にモニター艦の部隊が射撃を開始する。


「目標、敵陣地。砲撃開始」


 たったこれだけの命令だけで巨砲が火を噴く。

 艦全体をビリビリと震わせ巨大な砲弾を撃ちだす。

 戦艦と同等の口径を持ち破壊力は抜群。数秒後には敵兵士が肉片と化す。


「艦長、新情報です。敵の長距離列車砲が今の地点より距離二〇〇〇〇メートルの範囲に出現しているとの情報です」

「なに!? 列車砲だと!?」

「偵察機からの報告です。なお、列車砲周辺には強力な対空砲火と制空力があり航空攻撃では難しい他のことです」


 ならば砲撃しか手はない。ただ、敵の位置を厳密に把握しているわけではない。

 たとえ艦橋の位置から列車砲を探そうとしても砲弾が着弾して舞い上げる土で見えない。そうでなくても海上から起伏のある陸地を索敵するのは難しい。

 どうやって特定し砲撃するか……。

 その時、空から雷が落ちてくる音に似た轟音が響き前に停泊していたモニター艦の右舷に着弾する。

 その水柱は艦橋やマストを超えて艦全体を覆うほど巨大だった。

 着弾の衝撃でエボス艦橋の窓ガラスがすべて割れた。


「放置できないな……」

「前を行くリースは砲塔バーベット破損! 戦線離脱していきます!」

「あれは機関もやられているはずだ。速力が出ないな」

「艦長! 列車砲が第一優先目標となりました!」

「わかった! 砲撃一旦中止! 艦橋全員列車砲の砲火を見逃すな! 索敵開始! 通信は偵察機に列車砲の位置を遠くからでもいいから特定を急いでくれ!」

「り、了解!」


 列車砲は二〇〇〇〇メートル範囲。

 海図は沿岸部より内陸の一〇キロ地点までしか載っていない。

 

「航海長。内陸まで書かれたものはないか?」

「ありますよ。というか私が買っておいた内陸地図だけですが」

「かまわん。見せて欲しい」

「どうぞ」


 出された地図は小学生が地理の勉強をするような。かわいいイラスト付きのもの。

 山の状態、起伏、道路に鉄道。すべて曖昧だが、位置取りはまぁいいだろう。


「鉄道は海岸部までには到達していない。すると射程は約四〇〇〇〇……」

「そのような列車砲が?」

「無くはないだろうな。ただ、あの水柱から推定されるものは戦艦の主砲を軽く超えているということだろう」


 この発言で艦橋メンバーは黙ってしまった。

 地図からは曖昧位置しかないため、場所特定までは至らない。

 それだけの巨砲。どうやって隠匿していたのか……。

 どこからら発砲しているのか。

 おまけに結構射撃精度は高い。

 誰もがダンマリするような状況ではある。


「偵察機からは?」

「何にも……」

「そうか……射撃が来るかもしれない。全員、海岸を注視しろ!」


 残された手は海岸から見える発砲炎、砲煙だ。

 巨砲の列車砲ならば移動はできない。

 そこで特定につなげたいが、見えない場合は……。

 空からまた砲弾の降ってくる音が聞こえてくる。

 艦艇からは外れてデカい水柱を形成する。


「見えたか!?」

「いえ。見えません!」


 発砲炎、砲煙の特定はできず。

 一層士気が下がった。


「ん~。それじゃあ、海岸から一〇〇〇〇メートルの距離まで近づこう。そこから内陸の線路を叩いて行こう」

「その距離は敵の照準に入ります! それならもう少し制圧砲撃してから距離を詰めるべきです!」

「副長の言う通りです艦長! 他にもいい案があるかと」

「では、副長に航海長。他に案があるか?」


 二人して黙る。

 そう。列車砲を無視し続ければ一方的に攻撃され、輸送船の被害も砲撃艦、支援艦、もちろんこのモニター艦ですら被害を受けて支援できなくなってしまう可能性がある。

 敵の砲撃を受けるがこっちも砲撃し打撃を与えられる地点で奮戦するしかない。

 巨砲があったからと言ってもたった二門。

 奮戦ってどうしよう……。


「報告です。戦隊司令から各モニター艦は海岸までの距離を詰め砲撃範囲を広げろとの命令です」

「ほら来た。じゃあ行くしかないね」

「わかりました。海岸に接近! 砲撃範囲を拡大する!」


 副長の号令で艦は海岸に接近。

 砲撃はより精度が上がったが、敵からの応射も多くなり周りに弾着する砲弾の量も増えた。

 

「よーし! 目標内陸鉄道線! 距離の近い所から砲弾を送ってやれ! 砲撃開始!」


 この砲撃の間にも列車砲からの砲撃は続いた。

 巨砲ゆえに助けられた点は装填時間。砲弾の重さが重い程装填時間は長くかかる。

 列車砲は戦艦の主砲以上。単純に速射ができない。

 その間はこっちが一方的な攻撃で行える。

 他の艦は斉射をしている様子だが、こっちは一発必中で片方での砲撃を行っている。

 鉄道線を破壊するのに二発はいらない。一発で充分。


「着弾気をつけろ! 衝撃に備えッ!」


 だけど、運の悪さって言うのかな?

 戦場には結構付きまとうものなんだけど、自分ではないとどこかで思っていたりするんだよね。

 それが裏切られるこの瞬間までは……。


 列車砲砲弾の直撃によりモニター艦エボスの艦尾が消失。

 動力源のスクリュー、機関、シャフトが同時に破壊される。衝撃により測儀、砲塔バーベットが故障し砲撃、継戦不可に。

 この時点で行方不明、戦死者が数百名。

 救助の駆逐艦が来る頃には艦尾から沈み艦首を残すのみとなっていた。

 救出できた人数六百余名。

 

 作戦自体は上陸に辛くも成功し橋頭保を確保。

 しばらくモニター艦、戦艦による内陸部陣地砲撃で咆哮は途切れなかった。

 列車砲はというと、モニター艦エボスの放った砲弾で完全に破壊されていることを上空、地上から確認。

 奇しくも同時に放った砲弾がお互いを破壊して終わったということになる。

 この同時射撃は敵側と味方側の砲撃記録で判明したものだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  参加ありがとうございます。モニター艦での臨場感あふれる戦闘シーンがよかったです。
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