第六話
フェツ皇国には朝が綺麗だと言われているように、かなり早い時刻には明るくなり出す。
その分、暗くなり出すのも早いせいで体調を崩す観光客が多い。
それでも訪れる人が絶えないのは寺院が朝と夜で違う顔を見せるせいなのだろう。
同じ大陸内だとしても気温差がある国間移動の疲れから頭が重かったカンタータはおぼつかない足取りで室内を歩いた。
時刻はまだ夜明け前のために、魔石灯は点かない。
つまみを回せば点くと鍵を受け取った時、フロント係と案内係は言っていたが、カンタータは記憶で進んだ。
寝る前に洗面所までの動線上に危険なものを動かしておいたから大丈夫だろうと安心して。
「おはよ」
まさか起きているとは思わない、居るとは思わない場所での声にカンタータの眠気は吹き飛び、しかも心臓に衝撃を与えられた気分だった。
本来はオッドマンだったであろう物体、本来の機能を忘れさせられた不可思議なソファのようなものに座っていたのはシェルフだった。
「……! 驚かさないでよ……心臓に悪いわ」
「医術師のところに行く?」
シェルフはにやりと笑い、医術師で連想させる相手を思い起こさせた。その相手も振り払うかのように手を振って、洗面所に向かう。
組織が抱えている医術師は複数人居るが、カンタータとシェルフがSOSを出すとやって来る相手は、何も話させず、ただ腕を動かすだけ。
腕が確かなのはわかるが、その瞳を見ると何故だか不安に駆られてしまう。
もしかしたら、明日には灯が消えるのではないか。目指す先にたどり着けないのではないのか、と。
その時の気持ちが湧いて出てしまわないように、カンタータはシェルフが珍しく買ってすぐに読んでいた本を思い出して口にした。
「徹夜で買った本を読んでいたの?」
少しだけ大きな声を出して訊ねると、嬉しそうに戸口にやって来たのが鏡越しに見えた。
器用に辞書と一冊の本を持ちながらもう一冊のあるページを開けていた。
「すごいよ、これ。隠されている。早く帰国するべきだね」
「どういうこと?」
何を言っているのか理解に苦しんだ。どうして相手に伝える言葉を最小限にするのだろうか。
何やらぶつぶつと声にもならない言葉を呟いている。どんな術を使っているのかを考えて、解こうとしているのだろう。
シェルフの表情は興奮とともに隠しきれない本当の顔があった。
また、どこまでも真実を伝えていた。そんな真剣な顔をこれまで見たことは数えるぐらいしかない。
何かに思い当たったのか、シェルフはカンタータの耳元に唇を寄せて誰にも聞こえないように囁いた。顔も見えない相手が存在していることを恐れているようだった。
「危険がある。保護されるよりも早く帰国すべき」
念押しのように帰国を急がす。それだけで伝わるだろうという顔をしている。それだけで何がわかるのか、という心の中の声は踏みつぶして、不自然にならない程度の行動を開始した。
次回は視点が切り替わります。そのために短いながらに更新しております。