第十二話
「忌々しい!! なんだって親子を運び屋にしたんだ!」
フェツ皇国との国境近くのホテルの一室は中年男の静かな怒りが満ち満ちていた。
リーシャはその叱責が自分へ向けて発せられたものではないと理解していたし、こうして間近で聞かされても気にしないことを学んでいた。
だから、誰もがリーシャにその役割を託すようになっていた。
当事者は原因究明のために目下調査中だと嘯く。
大きくなる怒りはリーシャが、現在居る界隈を思い浮かべている間に萎んでいく。ただ、中年男である上司は口からは怒りを発散させている。
国境近く、長距離魔導車の大きな停留所があり、国内外の商用取引で連泊が必要な者にとっては有難いことに部屋数が多いホテルが建ち並んでいる。
レストランのランクも中クラスが程よくあり、上クラスに近い店が何軒かある。
寂しい者にとってはもはや、インスタントな恋人になれる店や一時の安らぎを得られる呑み屋もある。それは性指向の多様性を難なくさせるほど。
ここは、第二大陸の中でも有数の免罪地区でもある。
もとは商用でのトラブル防止策として第二大陸協定で設けられた地区だった。金銭トラブルや宗教の教えに反する行為がビジネス間でしなければならない際での免罪符。それがいつしか性での意味合いでも、食への意味でも使われるようになっていった。
「今回は躾けの行き届かないガキが一緒だったらしいじゃないか!! なんだってそんな親子を採用したんだ!!! ああ! まったく、もう!! 報告書にはなんて書けばいいのか……あの組織のくそ女王も欲しいものからは遠のくからいいようなもんだが」
そのくそ女王に禁書を取られまいとして、何年も攻防を続けているくそ親父──リーシェは無表情の奥で笑った。
呪術師登録・研究学会が犯罪防止の役割に名乗りを上げたのは、リーシェが生まれるずっと前のこと。リーシェの祖母も生まれてもいない頃の話だった。この男だって存在してはいない。
学会内での立場だって、リーシェよりはあるのだろうが何かあれば階級的に盾にされてお終いにされるだろう。
理解はしているのだろうが、虚勢を張ってそれに縋りついている。
また、女王に魅せられてもいるのだと思う。そんな自分が許せなくて、一部の嗜好層向けに密かに広まりつつある、漂白プレイに依存している。
リーシェはある日、それを月日限定でしているクラブに迷い込んでしまった。鉢合わせてしまったおかげで、こうして中年男もとい上司の話相手になってしまった。
「──それで、あの親子の持っていた本は回収できそうなのか?」
ようやく鎮まった怒り。リーシェは柔和な笑みを顔面に張り付けてただ頷いた。
「──どこかの、何者かもそれを狙っています。でも、『統治』は動いていません」
「一度は解体したんだから、探し手もおらんのだ。どこかの誰か。リーシェ、探す」
憑き物が落ちたかのような表情になっている上司はそれだけ言うと羽織りを正して退室して行った。
リーシェはお辞儀をすることもなく、ただ自分のテリトリに居る傀儡に伝言板を使おうか、どうしようか悩んだ。それでも数秒後には、どうでも良くなり自分の元の仕事に戻るために退室した。