第十一話
赤と水色が人々の輪郭だけをとらえさせて、個性をはぎ取り、有象無象の獣に変えさせる。
リーシャは正体不明の獣たちの中からひと際きれいな個体を選びだしてトイレに向かう廊下に誘いだした。
たぶん、どこの大陸でも国々でもよく見かけるクラブ。
その一つである、このフロアよりもさらに薄暗く、重低音だけが鼓膜と身体に流れ込んでくる場所。遅れて高音が届く中での会話は、あってないようなものだった。
目と大げさな表情づくりで会話するような、親密さをはき違えたインスタントな関係。
本来、リーシャはそのような関係を好まない。そんな関係であるならば、無い方が断然、精神の揺らぎを感じさせないから好ましい。
だけれど、それを利用する時は喜んで飛び込んでいく。今まさに、今日のこの瞬間のように。
「あなたのその瞳、とってもきれいだわ」
その一言に頬を染めてみれば、情欲の炎とは違った灯りが点る。その瞬間がリーシャは好きでもあった。
見慣れた己の瞳を褒めてほしいからではなく、試験的に展開させた術式が成功している証拠だから。
「ありがとう。自分でも気に入っているんだけれど、あまり気づいてもらえないの」
そう答えれば、目の前の個体は褒めつつ、気が付かない周囲を貶した。
ほんの少し程度の自分はそんな周囲とは違うアピール。
鼻で嗤いそうになるのをぐっと我慢すると同時に、術式をさらに強めてその耳元に口を近づける。
「あなたが救ってくれたらどんなにうれしいか、わかる?」
悩まし気な吐息がリーシャの肌にかかる。
吐息が当たった肌はもとより、全身の肌を激しく洗浄したくなるが、きっちりと目的を果たすためにはにかむように笑ってみせた。それも極上なとろけるような甘い笑みを浮かべることを選ぶ。
呆けたような表情をしているその顔を見つめて──いやいやながらも──良質な傀儡であることを祈って、祝福を授けていく。
所属する団体の師たちが動かずとも傀儡が勝手に動いて犯罪検挙や防止に努めてくれるであろう。
自分たちはずっと悩まされている本泥棒の足跡を辿り、今後の展開を先読みして動いてなんとしてでも阻止しなければならないのだ。
すべてを終えたあと、取り繕うことなどないからと表情を一切消したリーシャは、術式となった個体の背中を見送っていた。
これからリーシャにとっての安寧が確約される道を選択し続けるしかない。
たった一冊の禁書が世に出回ってしまえば、安心も安全もそれ以上に生活すら出来なくなるのだ。だから、この道を歩む。
新キャラであるリーシャ視点でした。
次話も他視点での更新、次々話辺りにはカンタータかシェルフに戻ります。
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もう少し更新速度を上げたいのですが、至らない点があると思いますがお付き合いいただければ幸いです。