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歯車たちは歴史を探求する  作者: ありき かい
第一章 開かれたページ、隠された文字
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第十話

 彷徨い歩くのに、一切の無駄な動きは感じられなかった。

 おかしなことだと理解していたが、こういうものだと納得もしていた。


 実がある枝を手折って先導している道、可憐な花を数十種類、敷き詰めた道に、特定の科だけを集めてその葉も併せて散らばせてある道と迷わせる。


 そして──これが術の中でも呪術の儀式なのだとカンタータは知っていた。



 漂う匂いと誰かがいる気配がするのにも関わらず、全く見えない状況。

 そう、見えないのだ。

 誰かに目隠しされている時のように隙間からは光りは感じられるし、おぼろげに把握はできる。だというのに、揺れる輪郭ではどうにもならない。

 でも、なぜ揺れているのだろうか?


 それにこの温かい、熱源とも言えない温度を持った枕はなんだろう。

 そこからは儀式で使われる木花の匂いはしない。

 あの匂いが好きではないとずっと思っていた。それを母親に言えたらどんなに気分が落ち着くかも想像したこともあった。

 でも、口にすることはできなかった。カンタータにとっては母親が世界の中心でもあったから。父親から遠く離れた場所では正に、世界そのものだった。

 数々の国々を旅して、カンタータの順応性の高さから言葉に不自由はしなかったけれど、信用性では大人である母親の方が高い。



「この子はストレスから妄想するようになってしまって……それでこうして縋る思いで高名な呪術の方にお話しを聞きに来ましたの」



 と名高い研究家である母親が言えば、一発で信用されるに決まっていると理解していた。


 だから、匂いから離れることを考えることは得意になっていた。それが今は何も考えずに枕に頭を預けられるようになっている。



「──じっとしていなさい。じきに国の医療・調査隊がやって来る」


 枕だと思っていたものが喋り、それが朝食を摂っていた場所で出会ったクセロの声だと認識するのは時間がかかったが、なんとか回路は繋がった。


「シェル……は?」


 自らが頭の回転が鈍っているということは、シェルフにも危害があってもおかしくはない。誰かが投げた石つぶてが頭にあたってしまったのだろうが、失うわけにいかない存在が先だ。


「大丈夫です。私が来るまで勇敢にも立ちはだかっていましたし、近所の医術師が今、手当していますよ」


 いまだに怒号のような声が遠くで聞こえる。カンタータはどうにか自分の力でシェルフを見ようとした。


 立ちはだかる? あのシェルフがそんなことをするのだろうか。そう思う気持ちと心身ともに悲鳴を上げている状態でどうにもならないからあとで。という気持ちが押しつ責めつしあっていた。


「君たちはほんとうに姉妹兄弟のようだね」


 その声を最後にカンタータは意識を手放した。




「きたねえ手で、衣服をめくってみろ? お前のだいじな証を引きちぎって、ミンチにしてシチューにして食わせるからな」


 シェルフはカンタータが意識を手放したことで口を再度開いた。

 それを聞いたクセロは、関心しつつも一切、目に見える治療しかさせないシェルゥという目の前の存在をよく知りたいと思った。

 家系調査、鑑定などの仕事をしていると、人間に興味は湧いてくる。それも無尽蔵に。

 でも、クセロにとっては生きて、今を謳歌している存在には飽き飽きさせられる。

 もう痕跡しかこの世に存在しない人間の方がどれだけ興味関心を惹かれるか。

 同僚のケイリンは、それすらもどうでも良さそうな態度で話を聞いている。ただ、どっちにしろ事務所内では二人は変わり種だった。だから、今回のように異質な案件に回される。



「聞いてんのか!?」


 口憚れる言葉は尽きないようで、クセロはシェルゥに肩をすくめてアピールをした。

 ほんとうはカンタータから手を離して見せたいのだが、それは怪我人相手には致命傷になりかねない。医術師は共通語を難なく操れるようで、顔自体を顰めて治療をしている。顔や首などの晒されている場所はすぐに終わっているようだが、衣服が邪魔している。


「おい!! どけ! さっさと通さんか!!」


 果てしない言葉の濁流にのまれる前に医療・調査隊がやって来た。クセロは盛大に溜息をつき、医術師と安堵の笑みを交わし合った。




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