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歯車たちは歴史を探求する  作者: ありき かい
第一章 開かれたページ、隠された文字
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第一話

──この書を紐解く者、心の声を聞きし者。上面の声を選ぶ者を遠ざける。

             粗末な石を掴まされろ



 シェルフは持ち主であった者が施した術を解除しようと一ページ、一ページをつぶさに開けては読み解いていく。

 見逃してはいけない、隠された“見えない文字”をどこまでも追いかけるようにして、ひたすらにページを繰っていく。

 延々と続く、途方もないその作業は砂時計の砂が落ちるかのようだった。

 だけれど、この作業を怠ってしまえばすべてが無駄になる。砂時計のようにさらさらと──ただの本として存在するのみ。


 シェルフが落胆と見どころ違いに唇を噛んだ瞬間、踊るかのような文言がくわっと口を開けた。

 本の扉に、警告文として飾り文字にされて書かれた一文と同じものだった。

 うっすらとシェルフは口角を上げる。そこから先は素早く、その文言を無に帰すことだけに注力していく。

 術の無効化、それもシェルフだけが使える文書に施された術限定の無効化。

 さらさらと逃れようとして、書物の中の文字が消える前にその文字をもとの場所に戻していく。

 誰でも読める状態にするために、上書きされた所有者など無かったことにしていく。






 カンタータは建造物から夜に向かっていく街並みにひっそりとまぎれようとしたシェルフの腕を強引につかんで急ぎ足で歩かせた。

 シェルフは驚き、狼狽し、不当な行動制限に罵ろうとした瞬間、それが良く知った顔だと気が付いた。

 今夜もこれからも会いたくない人物リストにナンバー10入りだったりする相手。

 だけれど、それは叶わないことを重々承知している。何よりもどうしてこんな扱いを受けているのかも理解していた。

 だから、口を噤んでなすがままになっていた。


 何百年も前から存在している三階建ての家はひしめくように連なっている。

 どこまでも先の見えない場所、行き着く先もないかのような錯覚を抱きかけたときには通りに出た。

 区画整理されているが迷路のような街並みがこの国──モント公国特有だった。

 一種の術としても国外から注目されている。初代モント公が治安維持のために編み出した術は、綿々と受け継がれている。

 それ以外はこの大陸で最北端で、唯一の寒さを経験できるだけしか売りがないという言われようだった。



 通りを行きかう魔導車や魔導馬車の中の一つに押し込まれるシェルフは、舌打ちを隠そうともせずに軽快にした。これくらいならば許されるという甘えが過分にあった。カンタータの器を十分にわかっているからこそのもの。

 カンタータといえば、横目でシェルフを見て、片眉だけを器用に大きく上げた。前を見つめたまま、口を開けた。


「何か言い訳は」


 出てきた言葉に疑問符などの一切の優しさを見せないでいる。

 歓楽街近くを通っているせいか、車窓越しに見える二人の関係をからかう男女の声すらも聞こえていないかのように。


「べつに。だって、これは依頼の一つでしょ」


 なんでもないことのように言ったシェルフを見て、溜息を吐く。

 外からの何度目かのからかいの声にシェルフは軽蔑を込めた握りこぶしを相手に見せた。カンタータはまたもや嘆息する。


「それで、手にしたの? それとも?」


 シェルフは答えないまま、黒いショルダーバッグから厚みのある革の書類フォルダを取り出して無造作に押し付ける。シェルフは押し付けたときに女性特有の感触が手にあたったことに、どこか居心地の悪さを感じて距離を開けた。

 距離を取るといっても、すぐにドアに行き当たり、肩を押し付けて窓を睨む。

 革の書類フォルダを受け取ったカンタータは撫でたり、厚みを確かめたりと繰り返し触れたあと、


「まっさらね。何か他にはあった?」


 どこか親密さの温度がある言葉をシェルフに向けて掛けた。

 厚みのある革の書類フォルダをさらにひと撫でした後、素早く自分の鞄にしまう。


「ない。というか、時間が足りない」


 ぞんざいな口調で、カンタータの親しげな態度を払うかのようにシェルフは答える。

 その態度は夜の解放感に浮かれている街角と同じように、自分も早く自由になりたいと言うかのようだった。カンタータは肩をすくめて、運転手に指示を出す。その行先を聞いたシェルフが睨むがお構いなしだった。



「ルクレツィアからの伝言板を無視したそうね。生真面目に毎回ではなくていいわ。でもね、要所要所では答えて。じゃないとわたしが再三に問われるの」


「ふん。それはカンタータの問題でしょ。開読したってのは届いたはずだし、返す返さないの条件は言われてない」


 カンタータは呆れと共にその自分勝手な態度に微笑ましくなる。

 まるで弟のように生意気で、妹のように守るべき対象。なのに、それを鬱陶しいがる年頃の横顔。カンタータには兄弟姉妹は居ないし、親戚にも年下の者は居ない。

 だけれど、シェルフにはどうしてだか姉のように接していたいという自分を発見していた。


「後見人はルクレツィア。心配するからこその伝言よ──」


「なら回読方式にしたらいい」


 遮って無理なことを言ってシェルフは会話を終了させた。

 カンタータは今日何度目かの溜息を吐いた。吐かれた本人は、物珍しそうにカフェ内にあるスイーツに目を奪われている。ちょうど、交通整備のために一時停車していたが、発進指示があり後方に遠ざかっていく。それでも尚も子どものように後ろを向いてまで追いかけていた。

 覚えていたら明日にでもどこかで買えるような場所に立ち寄ろう、カンタータは心の中だけでメモをした。



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